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第402回 新ネタ発見
2005年10月31日
カビを培地の上で培養すると、それぞれの塊(コロニー)を形成して増殖していきます。そのコロニーの周辺には、その他のカビや雑菌が生息していない事から、カビがコロニーを形成するにあたって、他の生物が生活圏を脅かす事がないように、何らかの毒素のようなものを出している考えられます。その毒素をうまく利用できれば、感染症などを起こす有害な雑菌に対抗する事ができるようになる。それが抗生物質、ペニシリン開発の最初の発想でした。
その後、さらにカビの研究は進み、より強力な抗生物質が開発されます。しかし、それに対抗して微生物たちも抗生物質に対して耐性を獲得し、新薬の開発、耐性の獲得というプロセスを繰り返していきます。幾度かそれを繰り返した後、抗生物質のネタ元となっていたカビの種類が尽きてきました。
カビ以外の素材も急速に研究が進められています。最近、北欧の松林で発見された菌類(真菌)が産出する抗菌ペプチドに、強力な抗生物質であるペニシリンやバンコマイシンと同等の作用がある事が発見されました。この抗菌ペプチドは肺炎の原因菌や、連鎖球菌性咽頭炎、重度の皮膚感染症の原因菌に対して、きわめて有効な働きを持つとされています。
プレクタシンと名付けられた抗菌ペプチドは、すでにさまざまな実験によって従来の抗生物質に耐性を持つ細菌にも有効に作用する事が証明され、安全性も確認されています。人を対象とした試験で、有効性や安全性が確認されれば、2012年頃には薬剤として市販される事になるそうなので、耐性菌への感染症に対する安心感が増す事にはなりますが、薬剤で叩くだけという細菌との付き合い方について、もう少し考えるべき時がきているのかもしれません。
第401回 家康辞任
2005年10月28日
実はこのコラム、前回で400回を迎えています。我ながらよく続くものだと思いながら、食、医療、科学技術、健康といった分野では、話のネタは尽きないものだと実感しています。とりあえず500回を目指して頑張っていきたいと決意を新たにしています。
せっかくの400回なので、それを記念して400という数字にちなんだものをテーマにしたいのですが、400というとそれほど馴染みのない数字という事に気が付いてしまいます。ちょっと強引ですが、最近○○400周年という言葉を目にするので、今から400年前について考えてみました。
今から400年前、大きな出来事としては徳川家康が征夷大将軍を辞任しています。意外に感じるのですが、家康が征夷大将軍に就いていたのはたったの2年しかありません。しかし、将軍職を退いた後も元気で強力な影響力を残し続け、長寿の将軍として知られます。その秘訣は食にあると言われ、特に食材に関する感覚には優れたものがあったと言われています。
11月に織田信長より贈り物として桃が届けられた際、珍しい冬場の桃にも関わらず、まるで興味を示さなかったといいます。旬の時期を外した作物には、本来あるべき栄養や美味しさが少ないという思いがあった事が考えられます。そんな食へのこだわりを持った家康ですが、日常の食事は質素で、タンパク質が豊富な豆味噌の具沢山の味噌汁、山盛りの麦飯が基本で、美食はせいぜい月に2、3食程度だったと言います。
また薬の調合にも興味が深く、和漢の薬草に限らず、当時としては珍しかった蘭学などにもヒントを得て、自ら薬の調合を行っていたそうです。食へのこだわりや健康への関心、趣味の鷹狩りに勤しむなど、長寿のヒントに溢れた人物像が想像できます。そんな家康に肖り、このコラムも長寿を目指したいと思っています。
第400回 難しい計量
2005年10月27日
毎週メルマガで料理のレシピを書いているのですが、その中で味付けに関する表現に書いている自分でもわかり辛いと思う事があります。ほとんど4人分を目安に量を決めているので、それなりに調味料の量も多めにはなっているのですが、微妙な味加減であったり、素材の味を助けるものであったりすると、使う量に微妙な表現が使われてしまいます。
塩、コショウなど、最後に味を整えるために使う調味料に対し、「少々」という記載や「適宜」などを見かける事があります。似たようなところでは、少々・少量、適宜・適量といった表現を見かけるのではないでしょうか。基本的に料理は味を見ながら進めていけば良いので、細かい記載については意識しなくても良さそうなのですが、それでも気になる事があります。特に初めての料理の場合は、もともとの基準が判らないので、記載通りにしたいと思ってしまいます。
実は曖昧に見えるそれらの基準については、きちんとした定義が存在しています。例えば「少量」は、かなり少ない量で計量器具は用いず、手の感覚で計量を行います。人差し指と中指、親指の3本でつまんだ量を指し、「一つまみ」と記載される事もあります。それに対し、「少々」はさらに少なく、人差し指と親指の2本でつまんだ量を指します。粉物の場合は、指の数を基準にしますが、液物の場合、「少量」はさっとかける程度、「少々」は数滴と規定されています。
「適量」に関しては微妙な内容を含んでいて、適切と思われる量を必ず入れる事という指示を伴っています。そのため意外なほど多量である事もあります。「適宜」は、必要と判断された場合は入れる、必要なければ入れないという判断が必要になり、工程的に後にならなければ判らない場合もあります。ちょっとした言い回しで意味が大きく異なっていますが、基本は「美味しくいただく」ですから、臨機応変というのが真理かもしれません。しかし、レシピに「臨機応変」と書かれた料理は、あまり試してみたくないものです。
第399回 意外な原因
2005年10月26日
睡眠の改善剤や機能性新素材枕の売上、事故の報道などを見ると、いかに睡眠障害が日常的な事であり、改善を願っている人が多い事を覗う事ができます。人生の中で多くの時間を費やす睡眠だけに、質の低下は人生そのものの質の低下に直結すると考える事もできます。これまで睡眠障害については、睡眠時無呼吸症候群や不眠症がよく知られています。
先日、米国の医学誌に掲載された論文によると、睡眠障害の一つである不眠症の原因として「胃食道逆流症」が疑われるとしていました。米国ジェファーソン大学の研究チームによる原因が定かではない睡眠障害の患者に対する研究として、過去に胃食道逆流症の診断歴、および治療歴のない患者16例の睡眠の状態に関する観察が行われた結果に基く論文掲載です。
16例中8例には、日中にも胃食道逆流症の症状が確認され、残る8例に関しては症状らしいものは認められませんでした。症状が確認された患者には、2〜3週間にわたって胃酸の分泌を抑える働きの薬剤を服用してもらったところ、6例には著しい治療効果が確認され、残る2例ではそれほど大きな効果は確認されないという結果が得られました。
同大学の消化器病学部長のディマリノ博士によると、「これまで胃食道逆流症と診断された事のない患者でも、睡眠障害と胃食道逆流症との間に何らかの関係が存在する可能性が示された。この結果に基いて、安眠を得るために睡眠薬を服用する前に、家庭医や胃腸病専門医を受診して胃食道逆流症かどうかの診断を仰ぐ必要がある」と述べています。胃酸の逆流は寝る前の油分やアルコールの摂取でも起こりやすくなります。生活習慣の見直しも必要なのかもしれません。
第398回 猛毒発生解明
2005年10月25日
この世で最強の毒と言えば、ダイオキシンではないでしょうか。1gもあれば2000人を殺す事が可能と言われ、環境ホルモンとして作用する濃度となれば、満杯にしたお馴染みの25mプールに1滴落とすだけで充分とされています。発ガン性、催奇形性もあり、あらゆる点で危険極まりない化学物質です。しかし、それだけ危険な物質でありながら、気が付くと身近なところに存在するものでもあります。
ダイオキシンは塩素に炭素が結合した化学物質で、分子構造的にはそれほど難しくなく、そのためかゴミを燃やすという日常的な行為によっても発生してしまうと言われています。塩化ビニールなどを燃やすと発生する煤塵が冷える過程で形作られると考えられ、銅線や基盤を含むゴミを燃やした際に発生する事から、銅の化合物が触媒になっているのではと推測されていました。
銅化合物の触媒としての関与は推測されていましたが、あくまでも推測の域を出ず、詳細なメカニズムは不明とされていました。この度、京都大学大学院工学研究科の高岡昌輝環境工学博士らの研究グループによって、ゴミ焼却の際に出る煤塵を大型放射光施設で分析した結果、ダイオキシンが銅化合物の触媒作用によって発生するメカニズムが解明されました。
高岡博士らの研究チームは、家庭から出るゴミの煤塵をダイオキシンが発生しやすい400度に電気炉で加熱し、エックス線によって物質の成分を詳細に分析する装置にかけ、銅化合物の変化を観察しました。その結果、塩化第2銅が塩化第1銅や単なる銅に還元される際、外れた塩素がダイオキシンを作る流れが判明し、不明とされていたダイオキシン発生の詳細が解明されました。焼却時に薬剤などを投入して、塩化第2銅ができないようにすれば、ダイオキシンの発生を抑制できる可能性があるとの事なので、今後の研究を楽しみにしたいと思っています。焼却炉の煙を、禍々しい思いで見る事が終る日が来る事を願っています。
第397回 酸化油脂
2005年10月24日
最近は冷凍食品の進歩も手伝って、揚げ物料理を見かける割には、実際に油を使って揚げている事自体は少なくなったのではないでしょうか。それでも揚げるという調理方法はそれなりの頻度で行われ、揚げ物料理はおかずとしては高い人気を誇っている事と思います。高温の油で素材を揚げるという調理手法は、素材の水分を一気に気化させて味をより濃厚にし、油脂のコクが加わるという優れた調理方法の一つでもあります。
揚げ物の味は、半ば油の味で決まるとも言われます。特に天ぷらは油と素材の味の繊細なバランスが大切と言われ、フライよりも油に対して神経質になる必要があると言われます。天ぷら専門店が独自のこだわりの下に油の配合を決めていて、そのレシピは門外不出という話もよく聞かされる事です。揚げ物をからっと揚げるためには、ある程度の温度に油を加熱する必要があります。火が通りやすい物なら高温で一気に揚げ、火が通りにくい物は低温でじっくりと揚げます。
この油を高温にするという事は、揚げ物にとって不可欠な事ですが、高温になるように加熱する度に油は酸化して劣化していきます。劣化した油は味が低下し、消化が悪くなったり、酸化脂肪酸として健康に悪影響を及ぼす事もあります。中でも油に含まれる脂肪酸が加熱される事で発生する「トランス脂肪酸」は、循環器系をはじめとする健康に対し悪い影響を与えるものとして、米国では加工食品に含有量の表示を行わせる事を義務化する動きさえあるほどです。
厚生労働省では弁当や惣菜の衛生規範として、「揚げ処理中の油脂の酸価が25になった場合は、新しい油と交換する事」と明確に指導していますが、酸価を計っている場面を見かけた事がなく、何となく不安になってしまいます。飲食店で天ぷらを注文すると、決まって天つゆに薬味としておろした生姜と大根が添えられています。これには酸化した油に対する備えの意味があり、生姜と大根に含まれる成分によって、酸化した油の悪影響を抑え、消化を助ける働きがあります。「どこの天ぷら屋へ行っても、必ずこれが付いてくる。そんなに自分の店の油が古くて、後で胃もたれしますよって自己申告しなくていいのに」というのは、知り合いの漢方医の談話です。確かに言われてみると、その通りですね。
第396回 免疫卵
2005年10月21日
卵という食品は栄養価が高く、体内での利用率も高いので、それだけでも優れた食品だと言う事ができます。さらに卵は母鶏が摂取した食餌の影響を受けやすいので、その性質を逆に利用して特定の成分を特化した内容の卵を作り出す事が可能です。そうした卵は機能性卵として販売され、よく知られたところでは、ヨードを特化した卵が有名ではないでしょうか。
一見、似たような性質ですが、母鶏に特定のタンパク質や細菌を与える事で、その母鶏の血液中にIgYという抗体タンパクができ、それが卵の中へと移行して蓄積される事が知られています。インフルエンザのウィルスやピロリ菌への抗体を蓄積させれば、卵からワクチンを抽出したり、その卵を食べる事で病気を未然に防ぐ事ができるようになるという訳です。そうした卵は、「免疫卵」と呼ばれます。
動物は細菌やウィルスといった外敵から身を守るために、異物を認識して無害化し、体外へ排出する力を持っています。それが抗原抗体反応と呼ばれるもので、過去に対峙した外敵の情報は抗体として蓄積されていきます。哺乳類の場合は母乳を通して母親の体内にある抗体を子供に与え、子供を外敵から守り、抗体を受け継いでいきますが、母乳を与えない鳥類の場合、血液中の抗体を卵黄に蓄積させる事でヒナを守ろうとする、それがIgYと呼ばれる卵黄免疫となり、免疫卵の素となっています。
最近ではさらに研究が進められ、抗体生産能力が高い品種の特定や、抗体生成の元となるワクチンを与えながら育てる飼育方法の効率化が行われ、飼育の大規模化、鳥類の特徴的な免疫システムの有効利用などによって、免疫卵はより身近なものになってきています。特に注目されているところでは、ピロリ菌の除去に関する免疫卵で、現在行われているピロリ菌除去は抗生物質を用いる事から、善玉の腸内細菌までも滅菌してしまい、思わぬ副作用を起こす可能性があった事に対し、免疫卵による除菌は、副作用の心配がなく安全で有効な治療法として普及が期待されています。コレステロールのお陰で悪者イメージが強かった卵なだけに、ここで汚名挽回となる事を期待しています。
第395回 ピロリ菌諸説
2005年10月20日
1979年オーストラリアのロイヤルパース病院の医師、病理専門医のウォーレンによって胃炎を起こした胃粘膜にらせん菌が存在している事が発見されました。すぐにウォーレンは、たまたま研修に来ていたマーシャルに声をかけ、二人の共同研究によって胃炎の原因菌と仮定されたこのらせん菌の研究が始められます。無菌状態と考えられていた胃内部における生存細菌の発見であり、再発の可能性が高い胃炎の原因菌という事で、二人の研究者は大いに奮い立ちました。
原因菌としての特定にはいくつかの要件を満たす必要があります。そのために二人は、まず細菌の単離と培養を行う必要がありました。すぐに胃粘膜から細菌を取り出し、培地に植え付けて通常の培養通り48時間ほど待ちます。しかし、培養はうまくいきません。何度も失敗を繰り返しているうちに、復活祭の休暇がはじまり、培地を検証する間に5日も経過していました。するとこれまでうまくいかなかった培地の上で透明なコロニーを作り、らせん菌が増えています。後に判る事ですが、ピロリ菌は増殖の速度が遅く、培養には4日ほどかかってしまいます。復活祭の休暇という幸運によって培養に成功、発見から3年の歳月が経過していました。
培養に成功したらせん菌を、これまでに知られた細菌と照合してみますが、これまでに知られたどの菌にも該当しない新たな菌である事が判明します。その結果を受けて、1983年に発表。一躍世界中から脚光を浴びる事となります。さらに翌年、マーシャルは培養した菌を飲用し、自らの身体を使った実験を行います。急性胃炎を起こした胃の組織から、多数のらせん菌が発見され、原因菌としての全ての要件が満たされる事となりました。同じ年、日本の兵庫医科大学が日本で最初の培養に成功しています。
こうして胃炎の原因菌として認められたピロリ菌ですが、胃炎を引き起こすメカニズムについては未解明な部分を持っています。ピロリ菌自体が胃粘膜を破壊する毒素を出しているとする説や、ピロリ菌が胃酸で溶かされないように出しているアンモニアが胃粘膜を破壊するという説、ピロリ菌が直接胃粘膜細胞を破壊しているとする説、中でも有力なのが、ピロリ菌が胃粘膜にいる事で、過剰に反応した免疫細胞が多量の活性酸素を出し、それによって胃粘膜が破壊されるとする説です。活性酸素破壊説が証明されれば、ピロリ菌の害というよりアレルギーの方が近い感じになります。ピロリ菌がいる方が、その他のアレルギーが出なくなるというという点からも活性酸素破壊説が有力であり、除菌を徹底するより共存する事が大切なように思えてしまいます。
第394回 一本足の豆腐
2005年10月19日
季節が巡り、温かいものが美味しく感じられるようになってきました。夕食は鍋物という選択肢が出てきて、家族で囲む姿も似合う時節柄となっています。最近ではコンビニで販売されるようになったので、それほど家庭料理という感じもしなくなってきた感がありますが、さまざまな具材を独自の配合のだしで煮込む「おでん」は、その家庭ならではのものではないでしょうか。
このおでん、言われてみると容易に想像が付くのですが、語源は豆腐やこんにゃくを串に刺して味噌を塗って焼き上げた田舎料理の「田楽」にあります。田楽の語源はという事になると、実は食べ物ではなくなり、平安時代から行われる芸能の一種に行き着いてしまいます。田植えの際に田の神様に感謝と豊穣をお願いするために、田の回りで笛や太鼓を鳴らし、舞い踊る事が行われていました。
「田舞」と呼ばれたこの習慣は、いつの間にか「田楽」と呼ばれ、より広く行われるようになっていました。この踊りの特徴は、片足で立ってリズムを取り踊る事だったために、室町時代に入ると豆腐を串に刺して焼いたものが、一本足に似ているという事から「田楽豆腐」と呼ばれるようになりました。江戸時代に入り、食文化の多様性が見られるにつれ、さらに具のバリエーションは増え、こんにゃくもそれに加わります。
その後、江戸時代の後期に入ると、味噌を塗って焼く代わりに鍋を用いて煮込む、「煮込み田楽」が登場し、現在のおでんの原形が出来上がります。その後、関西に伝えられた煮込み田楽は、通常の田楽と区別されるために「関東煮(かんとうだき)」と呼ばれ、それほど大きな発展を見せる事はなかったのですが、関東大震災の折、炊き出しに使われた事から、今日のスタイルのおでんに発展しました。いつしか煮込み田楽という呼び名も省略され、女房言葉で「おでん」と呼ばれるようになり、今日に至っています。田の神様からはずいぶんと離れてしまいましたが、多彩な具材を前に感謝の気持ちは忘れないようにしたいと思っています。
第393回 オステオポンチン検査
2005年10月18日
古代ローマの遺跡を調査すると、都市部で広く鉛中毒の症状が広がっていた事が判ります。軟らかく加工しやすい鉛を水道管の繋目に使用していた事が、日常の生活を通した鉛中毒へと発展した事が考えられています。当時は鉛の害については知られておらず、加工に便利な金属としてしか捉えていなかった事が、後の私達には愚かしく見えてしまいます。しかし、便利さ、経済性に着目し、気が付くと広く被害が出てしまうという構図は、いまだに止む事がありません。今回のアスベストの問題も、そうした人の過去の教訓に学ばない愚かさを痛感させられてしまいます。
現在、アスベストは多量に使用する事業所の従事者を中心に被害が発生しています。それ以外の場所にいた私は関係ないかというと、そうでもない部分があります。ビルの壁の内側には、断熱材としてアスベストが噴き付けられ、解体工事の際に広く飛散しています。車のブレーキにも使用されており、交差点で減速する車からは、目に見えない微細なブレーキダストが発生しています。現物を目にする機会としては、理科の実験などでビーカーやフラスコを温める際には、必ずアスベストが付けられた鉄の網を敷いて、直接ガラスに火が当らないようにしていた事が思い出されます。
すぐに胸膜中皮腫の危険性を考えなければならないという事はないとは思うのですが、気になってしまうのであれば、手軽に検査する方法がこのほど開発されました。血清中のタンパク質である「オステオポンチン」の濃度を調べると、アスベストへの被爆による胸膜中皮腫の発症を見分ける事ができる事が、ニューヨーク大学メディカルスクール心臓血管外科の研究チームによって明らかになりました。
聞きなれない血清タンパクを用いた血液検査ですが、肺プラークや肺繊維症(じん肺)との見分けも可能なので、今後社会問題化しかねないアスベストの被害調査には有効である事が考えられます。できれば今後、古代ローマの鉛の教訓が活かされる事を願って止みません。
第392回 起源発見?
2005年10月17日
日常的な物で、作り出す事が難しくない物となると、発明者が存在するというより自然発生としか考えられず、起源を求める事は非常に困難な事だと思います。そうした場合、地域と発掘された現物をもって、「紀元前○○年に、××地方で作られた...」という表現をします。今回、「麺」に関して、新たな発見が発見され、食に関する歴史が書き換えられようとしています。
これまで麺に関する記載が存在する最も古い文献は、漢の時代(AD25〜220)に書かれた物が最古で、それ以前に関しては、イタリア起源説、アラブ起源説、中国起源説が、それぞれ決め手を欠いたまま語られていました。穀物を潰して粉にし、熱を加えて食べられる状態にする。その際、熱が早く伝わるように細く伸ばして「麺」にするというのは、経験的に発生する生活の知恵なので、発生時期や地域を特定する事は困難なためです。
今回、中国の黄河上流で発見された4000年前のものと考えられる遺跡は、地震によって黄河が氾濫し、一瞬のうちに濁流に飲み込まれてしまったという、まるでポンペイの遺跡のような成り立ちを持っています。それだけに日常の生活がそのまま残され、当時の生活を知る貴重な資料となっています。そんな遺跡から発見された最古の麺は、小麦ではなく粟を原料として作られ、長さは約50cm、壷の中に収められて保存する事を意図した状態になっていたそうです。製法は捏ねて粘りを出した生地を、伸ばして細くしたものなので、現代の「拉麺」にあたります。
粟が原料という事から考えると、粟にはグルテンがなく、蕎麦に近い性質を持っているので、十割蕎麦のような引っ張ると千切れる引きのない麺質が予想されます。蕎麦は平たく伸ばして折りたたみ、それを細く切る事で成形しますが、今回の麺は伸ばして成形しているので、ある程度引きがないと作りにくくなってしまいます。生活の工夫として、何らかの「つなぎ」のような別の穀物の粉も加えている可能性も考えられ、さまざまな想像がかきたてられます。食の世界への興味は尽きないものです。
第391回 作法 in コーヒー
2005年10月14日
自宅とは違い、あまり喫茶店でコーヒーを飲むという習慣がないので気付き難い事ですが、皿の上にカップが乗り、カップの前にスプーンが置かれています。その際、カップの取っ手は左側を向いています。右利きの人の方が圧倒的に多いので、右側へ向けてもらった方が飲みやすい感じがするのですが、ちゃんとした喫茶店ほど左側へ向けられてしまいます。
ブラックでという人は少数派なのでとりあえず考慮に入れず、スプーンが付くくらいですから、砂糖とミルクは入れるものという仮定の下に、左手でカップを固定し、右手で砂糖とミルクを入れて、かき回すという配置でしょうか。それでも攪拌した後は、カップを右手に持ち替えたいので、180度カップを回す必要が生じてしまいます。それにカップを固定するだけなら、取っ手を押さえなくても事は足ります。実はこの取っ手を左手に置くという配置、作法が存在しているのです。
茶道でお茶を振舞うとき、器の前面を相手に向けて差し出します。振舞われた側は、差し出されたお茶の器を数回に分けて細かく回し、最終的に器の前面を相手に向けてお茶をいただきます。この作法がコーヒーが普及しはじめた明治の頃、喫茶店で取り入れられ、たいていの人が右利きなので、左側に取っ手を向けてコーヒーを出し、右手に持ち替えるためにカップを180度回し、表を前にするという日本独自の作法の確立に繋がったそうです。
同じような感じで、イギリス風の作法となるとカップの取っ手は右、スプーンの取っ手も右という出し方になります。こちらは何かの影響という感じではなく、ソファーが深く低いタイプの物が広く普及していた事から、皿を左手に持ってというスタイルが定着したためと言われています。作法というと堅苦しく感じてしまいますが、意外なところに隠れているものです。
第390回 42℃の謎
2005年10月13日
最近は電子体温計の普及で、あまり昔ながらの水銀管を用いた体温計を見なくなってきました。電子体温計自体にしても、最新のものでは耳で計るタイプのものに変わってきてますので、なかなか時間をかけて計り、かるく振って元に戻すという水銀体温計ならではの動作は、見られなくなってきているのではないでしょうか。
水銀体温計は、細い管の中に軟らかく、常温では液体のような金属である水銀を入れ、体温で膨張させる事によって管の中へと水銀を通らせ、体温と水銀の温度が一定になる事で膨張が止まり、性格に体温を表示できるようにしています。体から離して水銀の温度が下がっても、管のはじまりの部分に微妙なくびれを付ける事で、収縮した水銀が下がるのを防ぎ、表示を見やすくしています。そのくびれを越えて元に戻すのが、水銀体温計を振るという行為になっています。この水銀体温計、よく見ると温度の表示が42℃という中途半端な数値になっている事があります。
なぜきりの良い50℃や水の沸点100℃ではないのでしょうか。200℃まで計れれば、揚げ物にも使う事ができて便利だと思うのですが...。理由は幾つかあります。まずは計る範囲を小さくする事で、より詳細で正確に数値を表示する事ができます。しかし、それだけでは42℃までという理由になりません。実は、この42℃は生命の限界と考えられる温度なのです。
42℃の意味、それはタンパク質が変質をはじめる温度を指しています。42℃になると、人体を構成するタンパク質は硬化をはじめます。血液や組織、骨にもタンパク質は含まれているので、42℃を超える温度になると固まり、二度と元には戻らなくなって、生命を維持する事ができなくなってしまいます。実際は、直腸温が39℃を超えると脳の正常な活動ができなくなり、意識障害が起こります。その状態が長く続くと死亡してしまいますので、42℃まで達していなくても危険なのですが、理論上の限界値という事で42℃を上限としています。
第389回 逆転卵
2005年10月12日
卵をテーマにするなら、毎日違う料理を作っても1年以上はかかる・・・料理に詳しい人にそう聞かされた事があります。確かに卵という素材は、メインの食材として使われる事もあれば、マヨネーズのように全く目立たない状態で使われている事もあります。世界中に卵を使った郷土料理は多数存在していますが、その中でも和食は、非常に多くのバリエーションを持つ料理ではないかと思います。
江戸時代、天明5年に「万宝料理秘密箱」という料理本が出版されています。日本全国のさまざまな料理が網羅されている当時としては画期的な書物ですが、この中に「卵之部」という卵料理に関する部分があり、「卵百珍」と呼ばれています。103種の卵料理が前編の1〜5までの中に記載されており、さすがに1年がかりとはいきませんが、卵という素材の多彩な用途が覗えます。
この卵百珍の中に「黄身返りの卵」という記載が存在します。ゆで卵を作り、殻を割ってみると、中の黄身と白身がちょうど逆転した状態、白身が黄身に包まれているという、不思議な状態のゆで卵が登場します。長い間その製法は謎とされていた料理ですが、卵の構造と性質をよく理解しておくと、不可能ではない事が判ってきます。ポイントとなるのは、火加減と南部鉄の鉄瓶、事前に卵に開ける小さな針穴の3点です。この3つの条件が揃わないと、完全な状態の「黄身返り」にはなりません。
火加減は卵を茹でて熱を加え、タンパク質を硬化させるのに重要なものです。強過ぎると中の膨張に耐えられず、殻が割れてしまうのですが、それ以上に黄身返りでは沸騰の状態に重要な意味があります。南部鉄瓶は熱伝導の状態が良く、沸騰した際に大きめの気泡を瓶底から発生させます。この気泡の発生に関わるのが火加減と南部鉄の瓶底です。そうして発生した大きな気泡は、卵に回転運動を加えながら水面へと向かいますが、その回転する卵に事前に針で穴を開けておくと、破れた卵黄膜から黄身が染み出し、回転によって生じた遠心力で外側へと向います。黄身は白身よりも比重が重いので、遠心力の影響を受けやすい性質があるためです。沸騰をうまく調整して卵を回転させ、比較的低い温度で固まる黄身を外側へ移動させて先に固めてしまい、白身を中心部に固定する。そうして黄身返りの卵は作られます。それなりの手間隙がかかる料理ですが、それだけの価値があるのかについては、あえてコメントは控えさせていただきたいと思います。
第388回 有り難い副作用
2005年10月11日
ある意味、薬の効能とは副作用そのものだと言えます。何らかの成分を体内に摂り込み、その成分の働きによって変化が生じる。その中で意図したものやメリットの大きなものを効能と呼び、不必要な変化を副作用と呼んでいるに過ぎないと思います。絶えず新しい薬剤は研究され、幾通りもの安全性を確認するための実験が行われ、発売への道筋が作られます。
そうした発売への流れ途中、または発売後に思わぬ変化が確認され、新たな薬効として用いられる事があります。目立ったところでは高血圧関連の薬として開発されたプロペシアやバイアグラの例が有名なところではないでしょうか。最近、ごく普通に使われてきた薬剤に、また新たな効能が発見されました。血中コレステロール値の低下薬、スタチン系製剤に骨折を予防する効果がある事が明らかにされてきています。
米国マサチューセッツ退役軍人疫学研究情報センターのスクラントン博士による、9万1052例に上るデータを検証した結果として、スタチンの投与を受けた2万8063例では、スタチンの投与を受けていないグループに対し、約36%も骨折のリスクが少なく、また別なコレステロール低下薬を投与されたグループよりも約32%も低くなっている事が判りました。
スタチンがいかにして骨折を防ぐかという、細かな働きについては、現段階では不明とされていますが、炎症の軽減や小血管の機能改善、骨の新生を促すといった働きが示唆されています。骨折予防のためにスタチンを投与すべきかについては、今後多くの議論が交わされる事となると思います。高齢者にとって骨折してしまうという事は、その後の人生を左右するほどの重大な意味を持つ事でもあります。コレステロールに関しては、少々騒ぎすぎという感じもありますが、スタチンを飲用する事で骨折のリスクを有効に下げられるのであれば、非常にありがたい事ではないかと思ってしまいます。
第387回 玉蜀黍って?
2005年10月07日
夏も終り、ふっくらとした形状の先端に豊かな毛を蓄えた作物、トウモロコシの旬も終わってしまいました。栽培地が広がったり、品種の多様性がはかられ、流通、貯蔵の技術も良くなった事から、比較的長い時期にわたって楽しむ事はできるようになりましたが、やはりトウモロコシは夏という感じが強くしてしまいます。
このトウモロコシ、漢字で表記すると「玉蜀黍」となります。16世紀にポルトガル人によってもたらされたトウモロコシは、それ以前に知られていたモロコシに似ている事から、外国という意味もあった「舶来」=「唐」からきたモロコシという事で「トウモロコシ」という名前が付けられました。トウモロコシは「唐モロコシ」なのです。しかし、何故かトウモロコシの漢字表記のトウは「玉」が当てられています。
モロコシを漢字で表記すると「蜀黍」、または「唐黍」となり、作物ではなく地理的な意味で表記した場合、「唐土」や「唐」と書かれる事もあります。そのため、トウのモロコシの場合、「唐唐黍」や「唐唐土」、「唐唐」となってしまう事があり、意味が重複してわかり辛くなってしまいます。そのため別の文字をあてる必要があるのですが、その際、トウモロコシには別な呼び方が存在していました。トウモロコシの黄金色の実がびっしりと並んだ姿が、宝石をちりばめたように見えた事から「玉黍(たまきび)」という呼び名があります。
確かに最近の品種ではなく、昔、普通に売られていたトウモロコシは、甘味が少なく、固くて美味しくない物もありましたが、きれいな透明感が粒の一つひとつにありました。今では記憶の中にしかありませんが、玉と呼べるほどのきれいなオレンジ色だったように思います。その玉を採って唐の代わりとしたのが「玉蜀黍」に繋がっています。トウモロコシの別名に外国からきた黍という事で、「トウキビ」、「ナンバンキビ」というものがありますが、こちらであれば「唐黍」、「南蛮黍」となって、トウは唐のままだったと思われます。
第386回 最古の穀物の一面
2005年10月06日
現在生産されているほとんどの穀物は、長い時間の中、何らかの交配や品種改良が加えられている事と思われますが、原種の状態でも食用に適する事は充分に考えられる事です。そのためどの穀物が古くから食用として普及していたかは、判断に迷うところがあり、そんな中にあって、最も広く作られている麦は、最も古くから親しまれている穀物の一つと考えられるのではないでしょうか。
麦の歴史は1万年以上も前に遡り、世界中の遺跡から麦の穂や粒が発見されています。一言で麦と言ってもなじみ深い小麦や大麦、ライ麦というように幾つかの種類が存在しています。元々は西アジアの草原地帯に自生する一年草だったものが、穂の部分の実から取れる粉が食用に適する事に着目され、広まったと考えられ、稲作が中心の日本でも古くから作られていた事は、広く知られている事です。その中にあってライ麦は、表記にカタカナが含まれている事からも、比較的歴史が浅い事が想像されます。
ライ麦の語源は、英語の「rye」に由来し、ryeだけでもライ麦自体の事を指しています。しかし、日本語に訳す際、ライだけでは判りづらいという事から、麦を付ける事で麦の一種である事を連想できるようにしてあります。Ryeの語源は、古英語の「ryge」に由来すると言われ、さらに遡るとインドヨーロッパ語族の基語にある「wrughyo」に行き着くと言われます。北方の作物であるため、wrughyoがライ麦であるという事は定かではありませんが、それだけ古くから親しまれていた事は確実です。
ライ麦はウィスキーやビールなど、さまざま加工品の素材としても使われていますが、粉に挽いて使ったライ麦パンは、黒パンとして古くから親しまれ、健康志向によってさらに注目を集めています。経験的にライ麦パンは、その他のパンと比べ血糖値が上がりにくい事で知られていました。あまり精白されていないため、食物繊維が多い事が理由として考えられていましたが、最近ライ麦に含まれるデンプンの形状に違いがある事が判ってきました。ありふれていると思われていたデンプンにも複雑な形状があり、古い素材にも新たな解釈が加えられようとしています。食というものの奥深さが伺えます。
第385回 終らない脅威
2005年10月05日
本格的な風邪のシーズンを前に鳥インフルエンザの人への感染拡大や、新型のインフルエンザなど、ちょっと怖ろしげな話題が聞かれています。思えばAIDS(後天性免疫不全症候群)が蔓延しはじめた際、これからは感染症の時代が来るという言葉を聞かされた事があります。確かにその通りになってきているのではないでしょうか。
1980年にWHO(世界保健機構)から天然痘に関する撲滅宣言が出されました。致死率も高い怖ろしい伝染病に対して、有効なワクチンを開発した事によって人類が勝利した瞬間でもありました。その後、研究用に世界各地で保存されていた天然痘ウィルスが廃棄され、地上から天然痘という感染症は完全に消えてしまったはずでした。
今日、天然痘の名前は歴史の1ページ、過去の世界の事ではなく、現実に存在する恐怖として語られています。かつて抗生物質が発明されたとき、人類はすべての感染症の脅威から開放されたと考えられた事がありました。しかし、現実は抗生物質の使用によって耐性菌が発生し、それを攻撃するための新たな抗生物質の開発という途方も無い争いの始まりでしかなかったという事があります。
今日、天然痘の名前は歴史の1ページ、過去の世界の事ではなく、現実に存在する恐怖として語られています。かつて抗生物質が発明されたとき、人類はすべての感染症の脅威から開放されたと考えられた事がありました。しかし、現実は抗生物質の使用によって耐性菌が発生し、それを攻撃するための新たな抗生物質の開発という途方も無い争いの始まりでしかなかったという事があります。
第384回 1〜4でリスク3倍
2005年10月04日
発ガンに始まり動脈硬化や血栓症、免疫力の低下と、タバコの弊害に関しては、多くの報告や学術的裏付けが行われています。確かにニコチンやタールの弊害による健康被害は見逃せないものだとは思いますが、喫煙による活性酸素の発生も多くの弊害に繋がり、タバコの害をより幅広くしているのではないかと思われます。
そうしたタバコの害を考え、1日あたりの喫煙数を少なくしている、または元々少ない量で充分と感じているライトスモーカーと呼ばれる喫煙者がいます。しかし、そんなライトスモーカーでもタバコの害を逃れる事は難しい事が、英国の医学誌に掲載されたノルウェーの研究チームによる報告で明らかになっています。
1970年代半ばから2002年にかけて男女約4万3000人を対象に行われた調査によると、喫煙者は、非喫煙者と比べると心臓疾患の発生率が高く、1日1〜4本程度しか喫煙しないライトスモーカーでも、発生の比率は約3倍にもなっていた事が明らかになっています。また、肺ガンによる死亡率でも男性が約3倍、女性の場合、約5倍にもなり、非喫煙者と比べ、全死因にみる死亡率が50%も高かった事が判っています。
この結果を受けて米国ガン協会のタバコに関する国際計画部門の部長を務めるトーマス・J・グリム氏は、公共の場や職場での喫煙の規制が広がっているため、多くの喫煙者が1日あたりの喫煙量を減量させている現状をふまえると、1日わずか1〜4本の喫煙量でも、心臓疾患やガンの発生率が有意に増大するとするこの知見は重要であるとして、減煙ではなく禁煙の重要性に言及しています。
喫煙量を減らせば、喫煙による健康への危険性が大きく低下する。喫煙量と危険性は比例関係にあり、本数が極端に少ない場合、リスクも極端に小さくなるといった解釈は通じない事がこの研究で明らかになり、喫煙と健康が相容れないものである事を明確にした研究結果という事ができます。健康のために吸い過ぎではなく、まったく吸わない事をお薦めします。
第383回 効果的な予防
2005年10月03日
トイレのレイアウトを考えると、用を足した後、必ず通過する位置に洗面台が設けられています。一連の流れとして作られているのですが、そうした習慣性を高めてあるお陰もあって、たいして意識をしなくてもトイレでは手を洗うという事を行ってしまいます。逆に手を洗わない場合、一行程飛び越したような奇異な感じさえ受けてしまいます。
先日、米国の業界団体「石鹸洗剤協会」と微生物学会の共同による、成人を対象とした公共施設のトイレ利用に関する調査において、トイレを使用した後、手を洗うかという問いに、「Yes」と答えた人は全体の91%にのぼるが、実際にはその83%の人しか実行していない事が発表されていました。
今回の調査は、さまざまな公共施設で実際に手洗い状況を観察したり、電話による聞き取り調査をまとめたもので、前回の調査の78%からわずかに上昇した事になります。内訳としては、男性が74%から75%へ、女性が83%から90%へと上昇しています。こうした習慣に基く事は、年々緩やかな上昇傾向を見せる事から、今後も実施する人は増える事と思われます。
米国疾病管理センターは今回の調査に関した事ではありませんが、風邪やインフルエンザのほか、食中毒といった食物に起因した疾患の予防として最も重要なものが手洗いであるとしています。実際、全感染症の80%が直接および間接の接触によって感染すると言われているので、さまざまな感染症から身を守る、最も簡単で有効な方法として手洗いを気がけたいと思います。但し、やり過ぎには注意が必要です。特に抗菌グッズの使いすぎは、思わぬ弊害に繋がりますので、ほどほどに清潔を保つ工夫をお薦めします。
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