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第478回 E.Coli陰性の撤廃     2006年02月28日

 Escherichia coliは略してE.Coliと表記され、食品などの分析データでも微生物の指標として見かける一般的な大腸菌です。環境中の主要な細菌の一つで腸内細菌でもあり、人や犬、鳥といった温血動物の大腸の中には広く存在しています。バクテリアの代表としてモデル生物としても扱われ、各種の研究や分析に用いられます。最近では遺伝子を組みかえる事で、さまざまな物質の生成にも用いられる事で注目を集める事もあります。

 万が一血液中や尿路に入り込むと、産生する内毒素によって敗血症を起こす事がありますが、特に病原性が強い「病原性大腸菌」と呼ばれるものを除けば、本来は無毒で害のない細菌です。そんなE.Coliが分析の際、注目されるのは、E.Coliが腸内細菌であるため、水の中にE.Coliが多くいるという事は、その水が糞便の混入によって汚染された事を示すと判断される事と、サルモネラ菌など他の病原性菌と繁殖環境が同じで、より多く存在する事から病原性菌の繁殖を推察しやすいためです。また、E.Coliはその特徴によっていくつかの株に分類する事ができ、それぞれの動物特有の株が存在する事から、水質の汚染源を判断する際、株によって原因動物を特定する事ができます。

 水質の指針となる事から、水道水の規定では一切検出されてはいけない事になっていますが、かなり一般的に存在する事から、製造に用いる水が汚染されていなくても加工食品などに混入する事があります。当然、食品の成分規格ではE.Coliの検出が陰性=検出されない事が求められています。先日、食品安全委員会微生物専門調査会の第13回調査会における報告を受けて、冷凍パン生地の成分規格として適用されていたE.coli陰性の規格基準が撤廃される見通しとなりました。

 冷凍パン生地は食べられる状態にするために、充分な加熱、焼成が行われるので、冷凍パン生地の成分規格からE.Coliの基準を外しても、健康被害のリスクが増大するとは考えられないという結論が元になっていますが、これまで成分規格に定められたE.Coli陰性をクリアする事が困難であった事から、製造コストの低減をはじめ、さまざまなメリットが出てくる事が考えられます。厚生労働省が国際貿易上の問題から、冷凍パン生地の規格基準の見直しについて検討する必要性があると判断し、冷凍パン生地様食品についてE.Coli陰性の成分規格を適用しないことに関する食品健康影響評価の要請を、食品安全委員会に行った事が発端となっていますが、成分規格をクリアするための殺菌剤等の添加もなくなる可能性があるので、消費者の立場としても歓迎できるものかもしれません。食料の輸入も絡む事なので、一定の安全基準は必要かもしれませんが、神経質過ぎる無菌状態は避けた方が良い事は確かかもしれません。



第477回 キノコの行水     2006年02月27日

 最近は栽培技術の向上や流通が整えられたお陰で、多くのキノコを安価に入手する事ができます。元々日本はキノコが豊富で、諸外国よりもはるかに多くの種類が自生しています。面積こそ狭いものの樹木だけでも1000種を越える種類があり、それぞれの樹木が作り出す多様な環境が多彩なキノコを育てています。樹木種数=キノコの種数とは単純にはなりませんが、1000種という樹木数はヨーロッパ全体の樹木種数に匹敵し、それだけでもキノコを育てる環境が整っている事が想像できます。

 日本全体に自生するキノコの数については、実はまだ不明な状態で正確な数は判っていません。キノコ自体の特徴がそれほど大きくない事や、栽培が困難な物が多いため、研究自体が遅れていると言われ、種名が付けられたものがおよそ1500種くらいあるとの事ですが、研究者によっては見解が異なり、実際にはこの2〜3倍の種類が存在していると見られ、まだ図鑑に載っておらず、名前も付けられていない種類も多く残されています。

 そうした環境下にあるためか、日本ではよくキノコが食され、和食における椎茸の位置付けを見ると、いかに食文化に根付いているかを伺う事ができます。キノコの一生は胞子が発芽する事から始まり、融合しながら胞子を散布するための子実体を形成します。この子実体がキノコと呼ばれるもので、役割的に見ると植物の「花」に当ります。

 キノコの本来の役割は、より高い位置から胞子を風に乗せて散布する事や、独特の匂いを出して生物を呼び寄せ、食べられる事で胞子を遠くに運ばせる事です。繁殖のために形作られるキノコですが、美味しさの秘密は撒く事を予定している胞子にあります。胞子に含まれるアミノ酸がキノコを焼いた際の食欲をそそる香りや、キノコ自体の味に深く関わっています。また、キノコは免疫力を向上させると言われますが、その元となる多糖類も胞子の中に含まれています。昔から「キノコの行水」と言って、あまりキノコを洗わない事が薦められていますが、それには胞子を洗い流してしまわないという配慮が元になっています。デリケートな食材でもあるので、上手に接したいものです。



第476回 ハヤシさん?     2006年02月25日

 こま切れにした牛肉とタマネギをバターで炒め、赤ワインとドミグラスソースで丹念に煮込みます...ここまでだといかにも欧風料理で、ビーフシチューのようでもあり、またサワークリームを加えるとロシア料理の「ビーフストロガノフ」そのものという感じですが、これを皿に盛り付けたご飯の上にかける事で、日本特有の料理、「ハヤシライス」になります。

 ハヤシライスは明治時代、ハイカラな洋食の一つとして登場しました。由来に関する有力な説としては、商社で書店であった丸屋商店(現在の丸善)の創業者、早矢仕有的(はやし ゆうてき)が考案したというものがあります。有的は非常に洋食に興味を持っており、牛肉と野菜をワインで煮込んだ料理で客人をもてなした事が始まりという説で、はやしさんのご飯という事で「ハヤシライス」となったというのが、ほぼ定説化しています。

 それに対し一部では牛肉のこま切れ=ハッシュドビーフが語源とする説もあります。ハッシュドビーフ ウィズ ライス、それが変じてハヤシライスとなったというのですが、「ハ」はよいとして、次の「ヤ」に通じる音がまるで含まれていない事から、少々無理があるようにも思えます。また、レストラン「上野精養軒」の林というコックが賄い料理として考案したという説もあり、実際、洋食屋で手軽に食事を済ませるための賄い料理だった物が、常連客を通じ口コミで広まったとする説も根強くあります。

 由来として有力とされる丸善では、「丸善百年史」に、有的が野菜のごった煮にご飯を添えたものを友人に振る舞い、それが評判となってハヤシライスと呼ばれ、後にレストランのメニューにもなったと書かれているそうです。しかし、あまりに話ができすぎているとして、それに対する異議もあります。明治初年以来の洋食屋である神田佐久間町の三河屋にて、牛肉のこま切れを使った煮込み料理、ハッシュドビーフが大変な評判となっていました。有的もこのハッシュドビーフがお気に入りだったらしく、三河屋をひいきにしていた事が知られています。ハッシュドビーフとライスを組み合わせたものが、ハヤシライスの原形となったと考えられるというのです。この三河屋由来説が正しかった場合、早矢仕=ハヤシが成り立ち、ハッシュドビーフ由来説も成り立つので、この説に大きな説得力を感じてしまいます。上野静養軒の姉妹店、三河屋のコックさんが林さんで、賄い料理として出していたハッシュドビーフ ウィズ ライスに有的が注目し、口コミで広まった。これで丸く収まると考えるのは、少々強引でしょうか。



第475回 品質保障システム     2006年02月23日

 一日違いでシャンパンはスパークリングワインとしか名乗れない事となり、価値が大きく下がってしまう・・・有名な話ですが、シャンパンには厳しい決まりがあり、品質を守るために原料となるブドウの品種はともかく産地、収穫時期や製法、生産地域など厳しい規定があり、それに反するものはシャンパンと呼んではいけない事になっています。ヨーロッパには同様の頑固な決まり事が数多く見られ、そうした伝統が根付いているためか、食品の品質保証システムにも厳格なものがあります。

 PDO、PGI、TSG、OF、日本ではほとんど馴染みのない言葉ですが、それぞれ欧州の多様な農業生産を保護、発展させる事や、製品名の誤用、模倣からの保護、消費者に対する製品特質情報の提供を目的として定められています。ヨーロッパ産食品品質認証システムの採用は、1992年にまでさかのぼり、諸外国を含めてその制度および認証マークの普及を行っています。

 PDOとは「原産地名称保護」を意味し、原材料から完成品として仕上げられるまで、製品名に表示されている定められた地域で規定の製法によって生産、加工された食品で、品質や特徴が産地の地理的特徴に適合していることを認証するもので、PGIは生産過程のうちに一工程以上が製品名に表示されている地域で行われた製品で、その製品に原産地の特徴があり、一定の品質、評価、特徴を持つことを認証しています。TSGに関しては原産地は認証せず、対象製品の組成または製法の伝統性のみを認証しています。

 OF(オーガニックファーミング)は2000年に創設されたまだ新しい制度で、化学合成肥料やホルモン剤、抗生物質、合成農薬を一切用いず、遺伝子組み換えを行わずに農作物や家畜を育てる農法を認証したもので、消費者の有機農法への関心の高まりを受けて創設されました。日本にも地域性に特色のある農産物が多く存在していますが、こうした品質保証システムに関しては大きく遅れた感があります。一日も早い取り組みを期待したいものです。



第474回 睡眠サプリ     2006年02月22日

 4時間以上時差のある地域を急速に移動した際に生じる一過性の心身不調和・・・時差ぼけと呼ばれる症状です。動物の体内には、「生体時計」と呼ばれる一日のリズムをある程度正確に刻むシステムが備えられています。それが時差のある地域への移動によって、現地の時間とかみ合わなくなった場合、身体の不調として現れてきます。そんな時差ぼけに陥った状態から速やかに体内時計を調整するとして、パイロットや搭乗員の間で使用されてきた物としてメラトニンが知られていました。

 メラトニンは睡眠など生体リズムを形成するホルモンの一種で、脳内の松果体で作られます。松果体は光を感じる働きを持ち、睡眠と深く関わっています。暗くなると松果体からのメラトニンの分泌量が多くなって眠くなり、光を感じると分泌量が減少して眠くなくなるという、夜と昼を分ける働きをしています。6歳くらいが分泌量のピークで、年齢を重ねると減少していきます。年をとると眠りが浅くなるのは、メラトニンの分泌量が減少する事が理由の一つと考えられています。不規則な睡眠もメラトニンの減少につながり、睡眠に何らかのトラブルを抱える人のサプリメントとしても愛用されていました。

 日本では、サプリメント、またはホルモン剤としての明確な位置付けがはっきりとしない事から、いまだに認可されていませんが、体内成分である事から安全な睡眠改善薬と考えられ、特に米国では積極的に不眠に悩む高齢者には処方されていました。過度に摂取する事でホルモンを細胞内に取り込む受容体の働きを停止させてしまう可能性があるという事で、長期にわたって多量に服用する事は、かえって不眠症を悪化させる可能性があるという論争が行われていましたが、噂によると利権が絡んでの事らしく定かではありません。

 メラトニンには睡眠に関した働き以外に強力な抗酸化作用や免疫力の向上、抗ガン作用や抗ガン剤の副作用を和らげる働きなども言われ、幼少期から減少を開始する事から、一時は不老不死のサプリメントのように思われた事もありました。さまざまな思惑の中、いまだにはっきりしない位置付けのメラトニンですが、良い物であれば早く認可してほしいという思いと、ホルモンに関係した物を安易に使用したくないという思いが交錯し、自分の中でも位置付けがはっきりしないまま、今後の動きを眺めるだけの状態が続いています。



第473回 未承認輸出     2006年02月21日

 先日、たまたま某大手メーカー製造のハンバーガーの裏ラベルを見ていたのですが、原料表示にハンバーガーパティと記載されただけで、どのような肉が使われているのか判らない状態になっている事を発見しました。一括表示による詳細の省略ですが、これでは肉の部位はおろか何の肉か、原産地はどこであるのかなど、知る事は不可能以外の何物でもありません。

 現在は、先日の危険部位である脊柱の混入によって、米国からの輸入は停止されていますが、やがては何らかの形で再開されそうな気配は、絶えず話題に上っています。また、米国の農務省は17日に発表した対日調査報告書の中で、脊柱が混入した牛肉を日本に輸出した米国の加工業者が、牛の内臓と舌も未承認輸出していたことを明らかにしました。牛の内臓や舌を対日輸出する場合、牛の処理に当たって農務省から承認を受ける必要があります。日本に輸出されたものの中にはこの承認前に処理された牛の内臓などが含まれていました。日本政府側は、この内臓などは国内に流通していないとしていますが、一括表示の事を思うと不安感を拭う事はできません。

 今回の対日報告書で、問題の発生は特定の業者と検査官が規則に不憤れだったためと説明していますが、ずさんな実態が改めて浮かび上がった格好である事は確かです。ジョハンズ農務長官は記者会見でこの事実を確認した上で、対日輸出認証を受ける前に処理された「スイートブレッド」と呼ばれる部分だったことを明らかにしました。農務省の調査によると、これらの日本向け輸出の総量は202ポンド(約91kg)だったのに対して、承認された分量は21ポンド(約9kg)にとどまっていたため、残りは未承認とされています。

 輸入が再開された際に交換条件のように米国向けの輸出も再開されていますが、こちらの品質管理に関しては、日本のBSE検査基準が適応され、1時間毎の温度管理と毎日の温度計のチェックまで課されています。品質の保持、管理というよりも人的コストを増大させて、市場での競争力を削ぐための措置のように思えますが、人に厳しくするのであれば、自分にも厳しくあってほしいものです。



第472回 歴史更新     2006年02月20日

 ワインはブドウの果実を酵母の作用によって醗酵させて作られるアルコール性飲料で、最も古い酒類の一種です。ワインの歴史は人類の歴史と共にあるとまで言われ、ブドウの原産地は中央アジアとされますが、その出現は人類よりもはるかに古く、古代人にとって野生のブドウが重要な食料であった事から、収穫したブドウが自然界に普通に存在する酵母菌によって発酵される事は日常的に起こる事と考えられ、ワインの歴史がいかに古いかは容易に想像できます。

 ワインの発見については諸説がありますが、一番有力な説は人が食べるために採取したブドウが器の中で潰れ、その果汁がブドウの果皮についている天然の酵母によって醗酵。その果汁を飲んでだところ美味であった事から、ブドウの果実をつぶしワインをつくることを始めたというものです。その後、中央アジアから東西へとワイン作りやブドウの栽培は広まっていくのですが、かなりの勢いだったのか、オリエント・小アジア・エジプトなどでは数万年以上前と考えられ、古代オリエント・古代エジプトなどではすでに数千年前の文字・絵画に記録が残されています。

 そんな古代エジプトでは現在で言う赤ワインが主流で、白ワインの製造は製法が伝えられる3世紀頃から始められたと考えられていましたが、そうしたこれまでの通説を大きく書き換える発見が先日、イギリスの科学誌ニューサイエンティストに掲載されていました。スペイン、バルセロナ大学のラベントス博士を中心とした研究チームによるツタンカーメン王の副葬品調査で、白ワインが赤ワインと共に埋葬されていた事が新たに発見されていました。

 ラベントス博士らはツタンカーメン王の副葬品のうち6つの壷の残留物の成分を、液体クロマトグラフィーと呼ばれる方法で調べました。その結果、6つのすべての壷からブドウの特徴である酒石酸が発見されましたが、赤ブドウの皮の成分であるシリンギ酸が見つかったのは1つだけでした。現在では赤ブドウから皮を取り除いて白ワインを造る事は知られていますが、当時のエジプト人がその手法を知っていた可能性は低く、シリンギ酸が検出されなかった5つの壷は白ワインが入れられていたと結論付けました。当時のエジプトでもワイン用の白ブドウが栽培されていた事を示している事になります。ツタンカーメン王の在位は、紀元前1361〜52年と考えられているので、古代エジプトにおける白ワインの歴史は1600年ほど古く書き換えられる事となります。ワインの歴史だけでなく、農業の歴史という点でも興味深い発見です。



第471回 同一語源     2006年02月18日

 関東関西で開き方に違いはありますが、開いたうなぎを串に刺し、しょうゆやみりんを合わせたタレを付けて焼き上げる・・・言わずと知れた「蒲焼」の事です。うなぎを使った料理はそれなりのバリエーションが存在するのですが、やはりうなぎと言えば蒲焼と連想してしまいます。関東では背開き、関西では腹開きと言われ、武家が多い関東では腹を切る事が嫌われたというのが、後々の料理法に影響している事はあまりにも有名です。

 蒲焼の語源については文字が示す通り水辺に群生する植物、「蒲(がま)」が元になったと考えられています。かつてうなぎは今日のように開いて数本の串に刺して焼くのではなく、ぶつ切りの状態の物を串一本に刺して焼いていました。その姿が蒲の穂に似ている事からが蒲焼(がま焼)、後にかばやきとなった言われます。異説としては焼き上がった姿が白樺の樹皮に似ている事から樺焼(かばやき)と呼ばれ、後に蒲焼となったという白樺由来説や、良い香りが遠くまで素早く辿り着く事から「香疾(かおりばや)」と呼ばれ、後に蒲焼となったという香り由来説もあります。

 今日、有力とされているのは、やはり文字が同じでかつての焼き方にも根拠が求められる蒲由来説ですが、実は蒲が由来となって名前が付いた物がもう一つあります。魚のすり身を味付けして練り、加熱して固めた「蒲鉾」です。かつて蒲鉾は魚のすり身に味付けした物を練り、細い竹に付けて焼き上げていました。今日では竹に輪になって焼き上げられるという事で、「竹輪」と呼ばれて区別されていますが、当初は分けられずにその姿が蒲の穂に似ている事から、「蒲穂子」と書いて「かまほこ」と呼び、後に蒲の穂が武器の「鉾」に似ている事から穂子は鉾となり、蒲鉾となったと言います。

 蒲は水辺に多く群生する植物ですが、今日多くの地名に残されている事からも、かつてはかなり一般的に見られる植物であった事が考えられます。古事記に出てくる「因幡の白兎」でも、皮を剥れた兎の血止めに蒲の花粉が使われているなど、身近な植物であった事が伺えます。湿地の減少からあまり見られなくなりつつありますが、できれば次の世代に同じような話をする際、「かつて蒲という植物があって、その穂が・・・」という説明が不要であればと思ってしまいます。



第470回 飲料=燃料?     2006年02月16日

 アルコールというと身近なお酒などに含まれるエチルアルコール、コーヒーを沸かしたり理科の実験などで使うアルコールランプの燃料としてのメチルアルコール、消毒や梅雨時のカビ対策に使うイソプロピルアルコールなどが浮かびます。最近の原油高、ピークオイル説といった状況の中、徐々にアルコールというキーワードが注目を集めてきています。

 ピークオイル説とは、現在もしくは近い将来、原油の産出量はピークを迎え、後は枯渇へと向うというもので、以前から存在はしていましたが、最近、現実味が出てきたと言われます。しかし、算定している数値的な事や、原油その物の成り立ちなど、さまざまな点で曖昧さが残っているため、確定的な事実とはなっていないという考え方もされています。そのような中、代替燃料への切り替えの必要性は根付きつつあり、アルコールに注目が集まる事となっています。

 さまざまな代替燃料が検討されるあ中、最も近い位置にあるのがBDF(バイオディーゼル燃料)ではないでしょうか。BDFは一般的な植物油から作り出す事が可能なので、家庭やレストラン、食品加工工場から出される廃食油からも作る事ができます。すでに一部実用化され、京都府のゴミ収集車などで使われています。BDFは食用油とアルコールを水酸化ナトリウムなどを触媒として反応させるため、BDFの製造にアルコールは欠かす事ができません。もっと直接的なところでは、ガソリンの代わりにエチルアルコールを使うというものがあり、バイオエタノール燃料と呼ばれています。

 都市部での規制によって数が減りつつあるディーゼル車よりも、現行使われているガソリン車の方が数が多く、将来の必要性という点ではバイオエタノールの方が需要に思えます。現在の仕様の車では、燃料のラインで使われているパッキンがアルコールに弱く、またアルコールを燃焼させた後に発生するアセトアルデヒドに強い酸性があり、排気管を腐食させるなどの懸念がある事から、今すぐの普及には若干の障害はありますが、最近、大手のビールメーカーがサトウキビからバイオエタノールを生成する事に取り組み始めたというニュースが伝えられ、将来性に期待が持てます。バイオエタノールは通常のガソリンよりも環境に優しく、サトウキビとして育つ段階でも二酸化炭素の吸着に役立つので、大いに期待したいと思っています。燃料電池にしてもアルコールは使われる事から、サトウキビ、アルコールは未来へと繋がるキーワードとなるのではないでしょうか。



第469回 沈黙へのカクテル     2006年02月15日

 かつて野放図のように使われていた農薬によって、環境中の小動物が激減するという懸念がレイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」の中で語られていました。その当時と比べると農薬や殺虫剤の使用量、毒性などは改善されたと、少なくとも私達は思っています。しかし、小動物の減少はいまだに続き、中でもカエルの減少は世界的な規模で続いています。

 カエルは田畑や河川などの湿地帯に生息し、エラで呼吸して水中生活を送るオタマジャクシの時期と、肺で呼吸して陸上で暮らすカエルの時期という2つの全く異なる生活形態を持っています。そのため環境汚染に関しては水棲の生物、陸上の生物としての両方のリスクを持ってしまう事になり、また、皮膚がそれほど強くない事から、酸性雨の影響も受けやすいと考えれています。

 そんなカエルの減少に関して、原因解明の一端として考えられる新たな実験結果が出されていました。米国カリフォルニア大学バークレー校のヘイズ博士が率いる環境毒性研究チームによると、米国中西部のトウモロコシ生産地帯に住むカエルへの農薬の影響を4年間にわたり調査した結果、それ自体ではほとんど毒性のない農薬の混合物が、幾種類か混合される事で毒性を増し、カエルを殺すまでになったという結論を得ています。実験は現地で普通に使われている4種の除草剤、2種の殺菌剤、3種の殺虫剤の混合物を含む水の中で一般的なヒョウガエルを育てるというもので、その成長への影響を調べる形で行われました。それらの農薬は、畑から流れ出る水の中で産卵する時期に施用されるもので、カエルが生息している状況にかなり近いものと考えられます。

 実験は0.1ppmの濃度で行われ、農薬のうちの6種は何の影響もなく、1種は小さいが目だった成長への影響が見られました。その中で農薬の中に含まれていた除草剤のアトラジンには、深刻な発達問題を引き起こしたが、致死性までは確認されませんでした。アトラジンはヨーロッパ連合(EU)では全面禁止されていますが、米国では今も使われています。そうしたカエルを死に至らせるほどではない農薬も、数種類を混合する事で35%のカエルが死に、オタマジャクシから大人になるまでの期間が15日と25%長くなる事が確認され、研究者の間では、混合された農薬がカエルの発達を遅らせるホルモンの生成を刺激する可能性を疑っています。今回採用された01ppbという濃度は、カエルが成長し、繁殖する夏季にトウモロコシ畑からの排水に検出される最低の濃度とされ、濃度は最大で10ppbに達する事もあるといいます。これは地域のカエルにとっての現実的脅威になり、オタマジャクシからカエルになるまでの期間が延びることは、カエルの成長よりも早く池や水たまりが乾季の訪れによって枯れてしまう可能性がある事を意味し、さらに免疫の抑圧が見られた事は、本来ならば防ぐ事ができる感染を引き起こす事も意味しています。安全と思い込んでいる中にも危険が潜む事を、小さなカエルが教えてくれているのかもしれません。



第468回 角の謎     2006年02月14日

 金平糖は最近では食感に違和感が出るのを防いだり、より透明感を得るために米粒大の中ザラメが使われるそうですが、かつてはソバの実や粟、ケシの実を核にして、純度の高い砂糖を使って作られていました。小さな砂糖の塊なのですが、仕上げるまでに14日近くもかかり、時間をかける事によって旨味が増すと言われます。核の回りに高純度の砂糖が溶けた液がかかり、乾燥させながら少しずつ大きく成長させていくのですが、その過程で独特の形状の元となる「角」が形作られていきます。

 金平糖は、ポルトガル語の「Confeitos(コンフェイト)」がなまったものとされ、それに同音の漢字をあてて今日に伝えられています。また「金平」は「きんぴらゴボウ」のきんぴらとも同じ意味合いを持ち、強いという意味が持たせてあり、甘味が強い事からその名が付けられたという説もあります。

 室町時代の末期に宣教師によって日本に伝えられとされ、織田信長にもフラスコに入れられた金平糖が送られています。その際、製法も伝えられたのか、後々南蛮由来のお菓子として根付いていき、今日では伝統菓子としての位置付けを確保しています。熱した「銅鑼」と呼ばれる独特な平たい銅鍋を回転させながら核に糖蜜をかけ、徐々に大きく成長させるのですが、その過程において角が形成されます。

 今日ではモーターで大鍋を回転させ、ガスで加熱していますが、それ以前はたらいのような平鍋の片側を吊るし、薪の火で温めながら鍋を揺らして焦げ付きを防ぎ、ゆっくりと成長させていました。その途中で鍋に付着した糖分が引っ張られ、独特な角の形状が形作られるというのですが、あらゆる事が研究対象になるのか数学的に角の発生に関する法則を解析しようと研究がありました。統計上、金平糖のサイズに関わらず角の数は36本程度になるというのですが、発生の法則に関しては複雑過ぎて未だ解明には至っていないと言います。単純なものほど奥が深くて難しいと言いますが、砂糖の塊、金平糖はその典型なのかもしれません。



第467回 固形化100年     2006年02月13日

 今年も巷がチョコレートで賑わう時期がやってきました。この時期、特別に売り場を増設したり、普段は見かけないような種類の商品が多く出てきますが、案外食べ比べてみると美味しい物は定番の製品だったりします。よく外国の人から「日本人はこれだけの価格で、ここまでのチョコレートが作れる」と感心される事があると言います。日本の技術力の高さや感性の鋭さを褒める言葉ではありますが、チョコレート好きの私としては、その言葉を思い出す度に良い国に生まれたと幸せを感じてしまいます。

 チョコレートの歴史は南米から始まる、これは有名な話です。ブラジルのアマゾン川流域やベネズエラのオリノコ湖畔には、今でも野生種のカカオが自生し、カカオの原産地と考えられています。古代メキシコではカカオは神「ケツァルコアトルが授けてくれた物とされ、カカオの樹をカカバクアルイトル、カカオの実の果肉部分をカカバセントリ、カカオの種をカカオトルと呼んでいました。このカカオトルを潰して粉にして飲む薬湯をショコラトルと呼び、「苦い水」という意味のショコラトルがチョコレートの語源となったと言います。

 ヨーロッパへ持ち込まれたのは1494年のコロンブスが最初とされていますが、当時カカオの価値が解らなかったのか目立った普及はなく、32年後の1526年にコルテスが持ち帰ってからが本格的なヨーロッパでのチョコレートの歴史の始まりとなります。コルテスが持ち帰ったカカオ(ショコラトル)は当初苦い飲み物という事で敬遠されましたが、砂糖を加える事で飲める味になるという事が知られると、王侯貴族の間で人気を呼びます。この頃のチョコレートはカカオを焙煎して石臼で挽き、ペースト状にした物にバニラやコショウなどのスパイスで香り付けをするメキシコ風の飲み方を継承していた物で、液体の状態でした。その後も長く液状の時代が続く事となります。

 1828年、オランダのバンホーテン社がそれまでカカオ豆に油脂が多く含まれ、脂っこく、舌触りも悪かった事から、それを改善するためにカカオ豆に含まれる3分の2の脂肪分を搾り取る方法を開発し、特許を取得します。この方法で得られる油脂を含まないカカオの粉は、チョコレートパウダーと呼ばれ、今日のココアの原形となりますが、副産物として搾り取られた油脂、カカオバターと呼ばれる物が発生してしまいます。このカカオバターにチョコレートパウダーと砂糖を加え、常温で固形化させた物が世界初のイーティングチョコレート、今日では当たり前となっている「食べるチョコレート」の第一号となります。1840年、イギリスで開発されたイーティングチョコレートに更に改良を加え、1876年にはスイスで世界初のミルクチョコレートが作られています。そうした100年ほど前の技術革新がなければ、今日のようなバレンタインデーはなかったのかもしれません。それとも液体でプレゼントされていたのでしょうか...。



第466回 危険な元気     2006年02月10日

 ADHD、注意欠陥多動性障害は、多動性、不注意、衝動性を症状の特徴とする発育障害の一つとされ、通常では7歳までに症状が確認されると言われます。特徴的な症状となる集中困難・過活動・不注意などが一生にわたって持続し、過活動が顕著でない不注意優勢型のADHDの場合、周囲が気付かない事も多く見られます。育て方や本人の努力で症状に変化が出る事はなく、 年齢が上がるにつれて見かけ上の多動性が減少するため、以前は子供だけの病気と信じられていたが、近年の研究では否定され、成人の患者も増えてきています。

 原因としては不明な部分が多く、中枢神経系の生物学的障害ではないかと見られています。一部に脳炎や頭部の外傷など、後天的な要因が原因と考えられる症例も存在していますが、ほとんどは先天的、遺伝的な部分に原因が求められ、覚醒水準が低いために症状が発生すると考えられています。ドーパミン輸送体が過剰になり、脳内のドーパミン量が減少することが原因とする説が有力視されているので、覚醒水準を引き上げる薬剤(中枢神経興奮剤)の投与が治療として行われています。

 日本ではリタリン(塩酸メチルフェニデート)が主に用いられ、同じく覚醒作用のあるアンフェタミンが用いられる事もあります。今回、そうしたADHD治療用に処方された薬剤に関して、服用後の突然死が米国食品医薬品局(FDA)の医薬品安全部(ODS)より報告されていました。FDAが明らかにしたODSの資料によると、ADHD治療薬、アンフェタミン、リタリンの服用後、突然死したケースは、少なくとも25件以上になり、多くは心臓血管系の副作用と見られています。

 治療薬と心臓血管系副作用の因果関係はまだ明らかになっていないとされていますが、アンフェタミンやそれに分子構造が近いリタリンには覚醒作用があり、疲労を軽減してくれたり、集中力や身体機能を高めたり、幸福感、陶酔感を誘発してくれる代わりに、ドーパミンを大量に分泌させる事から体内の薬剤が切れると極度の鬱状態に陥る事が知られていました。また、血圧を上昇させ、心拍数を増加させる作用がある事から、心臓発作や脳血管が破裂するほど血圧が高くなり、脳卒中を起こす可能性も考えられます。医療用に用いられる物は、脱法ドラッグとして流通したアンフェタミン類とは異なる物ではありますが、構造的に近い物と考えると一抹の不安は拭いきれないものがあります。薬の怖さや関わり方の難しさ、そんな事を考えさせられるFDAからの発表でした。



第465回 包丁って     2006年02月09日

 以前、料理人の方から「包丁は、大昔の中国にいた鍛冶屋の包丁という人が、得意としていた刃物なので、いつのまにかそのスタイルの刃物を包丁と呼ぶようになった」と聞かされた事があります。もっともらしい話で、日本でも「関の孫六」のように切れる刃物の代名詞として個人の呼称が残されている事を考えると、そのまま信じてしまいそうになります。

 似たような感じで、別な話もあります。君主のために包丁という料理人が上手に牛を骨と肉に分けた話があり、伝説的な料理の名人として「包丁」が登場し、その名にちなんで料理用の刃物を包丁と呼ぶようになったというものです。どちらも説得力があり、特に料理人包丁の話は、「荘子・養生主篇」の中に書かれている事から、文恵君に使えた包丁という人物の存在に現実味があり、歴史的な記載に「包丁=料理人語源説」を事実として感じてしまいます。

 ところが漢字の成り立ちや意味を元に考えていくと、別な解釈も出てきます。包丁とは元来「庖丁」と書き、後に同音の漢字の「包丁」に置き換えられています。「庖」とは肉を包むという意味があり、包んだ肉を置く場所、扱う場所という事で台所を意味する漢字とされています。「丁」はそこで働く人や、それを生業とする人をさす言葉でもあり、合わせて考えると庖丁とは、台所で働く人、料理人を意味する言葉という事になります。

 そのため「荘子・養生主篇」の中に登場する文恵君に仕えた庖丁とは、特定の一個人をさすものではなくお抱えの料理人をさしていたと考えられます。後に庖丁は宮廷料理人のような特殊な立場の料理人に限らず、広く一般の料理人をさす言葉となり、料理人が使う道具を包丁と呼ぶようになったと考えられます。実際、日本でも平安時代以前は、包丁といえば料理人をさし、料理をする事やその腕前を示す言葉として使われていました。後に包丁=料理人が使う刃物の事を「包丁刀」と言うようになり、室町時代以降は刀が省略されて、包丁は料理に使う専用の刃物となりました。また、包丁は最も身近にある刃物という事から、用途を冠して別な作業に用いられる刃物をさす言葉にも使われ、いぐさを切る「畳包丁」や「紙切り包丁」、裁縫に用いられる「裁ち包丁」などが今日でも使われています。料理人の事を「包丁人」と呼ぶのは、言葉の先祖返りなのでしょうか。そう考えると、ちょっとおかしな感じがします。



第464回 再開への圧力     2006年02月08日

 先日、牛海綿状脳症(BSE)への懸念が払拭されないまま解禁へと踏切られた輸入牛肉に、特定危険部位の混入が認められた事から、また輸入を禁止する措置が採られ、ひとまず一消費者としては安堵しています。BSE問題の怖ろしさは、その致死率の高さもさる事ながら、責任の所在が明確化できないという部分にもあります。食中毒であれば原因となった料理や食材の出所がすぐに判別でき、法に基づいた処置が行われるので、事業者側も注意をはらう事が予想されますが、BSEは発症したからといって、あまりにも潜伏期間が長すぎる事から、感染源や感染時期の特定すら困難で、食中毒ほどには予防意識が期待できないように思えます。

 そのため、「君子危うきに近寄らず」というのが第一のように思えるのですが、なかなか世の中の動きは、そちらの方向へは向いてくれないようです。家畜に関する安全基準は、国際機関「国際獣疫事務局(OIE)」が定めています。OIEが定める基準は、加盟している167カ国のすべてが無理なく守れるように考えられた「最低限」の水準とされるもので、実際の運用は各国がその事情によってOIEより厳しい基準を設けるのが一般的となっています。輸入に関する論議の際、繰り返された「20カ月齢以下の牛」の基準は、実は日本が独自に定めたものとなっています。

 そのOIEがBSEに関する安全基準を、これまでより大幅に緩和した新基準案として6日までに日本など加盟国に提示しています。今回の基準では、骨を除いた牛肉は一定の条件を満たせば、牛の月齢にかかわらず自由な貿易を認めることなどが柱となっています。5月に行われるOIE総会で新基準が採択されれば、「日本の牛肉輸入基準は厳しすぎる」と非難し、輸入再開を求める米国や牛肉の輸入業者には追い風となります。

 OIEの基準は世界貿易機関(WTO)の国際貿易上のトラブルを判断する際の根拠としても使われます。新基準が採択された場合、米国が新基準を根拠に「日本の輸入基準は貿易を妨げる不当に厳しい内容」としてWTOに提訴した場合、日本は不利な立場に立たされる事が予想されます。政府は専門家会合を開き、また、消費者を交えた検討会も開いた上でOIEの提示案への対応を決めるとしていますが、「月齢制限の削除案には徹底して反対する」という姿勢を貫いてほしいと思っています。BSE感染の危険性に関しては、月齢など関係ないとするBSE先進国のイギリスの姿勢や、特定危険部位以外からも感染原因物質が検出されている事実を見ると、基準の緩和よりもより一層の厳格化を求めたいと考えています。



第463回 ゆで卵に思う     2006年02月07日

 先日、とても美味しい煮卵をごちそうになりました。よく染みた味付けが美味しいばかりでなく、卵の茹で加減も絶妙で、中心部にいくにつれ透明感の増す半熟の黄身は、見た目にも食欲をそそり見事と言うほかありません。それなのに出してくれた本人はなにやら不満気です。聞いてみると、卵を半熟にしたために茹で上がりが柔らかく、きれいに殻が剥けなかったそうです。確かに言われてみると、殻を剥く際に薄皮に張り付き、層状に白身が剥れた跡が見受けられます。それでも私がやるより数段きれいだと言ったのですが、本人曰く、いつもはきちんと剥けるというのです。

 ゆで卵は膨大なバリエーションを誇る卵料理の中で、最もシンプルな料理と言えます。しかし、単純な調理理論、出来上がりの割には、非常に多くのノウハウやこだわりが存在し、驚くほどの奥の深さを持つ料理ともなっています。茹でる、その一つをとっても水の量や火加減、水に加える酢や塩などにもさまざまな考え方や工夫があり、仕上がりに直接関係してきます。卵の黄身と白身がかたまり始める温度に5℃以上もの差がある事や、卵の特殊な構造もそうした奥深さに繋がっているのかもしれません。

 ゆで卵に使う卵についても、とにかく新鮮な物、ある程度日数が経った物と相反する考え方があり、どちらも充分な説得力を備えています。新鮮な卵を使うというのは、ゆで卵が極めてシンプルで、素材の持ち味が最大限に活かされるため、より良い状態で調理するという事からきています。逆にある程度日数が経った物を使うというのは、卵の中に含まれる炭酸ガスが時間の経過と共に抜けてしまうので、舌触りが滑らかになるというものです。この炭酸ガスの存在が、実は卵の剥けにくさと大いに関係があります。

 茹でる事によって加熱された卵の中で炭酸ガスは徐々に膨張をはじめ、卵を殻とその内側にある薄皮に押し付ける力となります。新鮮で炭酸ガスが多いほど、この押し付ける力は大きくなり、茹で上がりの卵は剥けにくい状態になります。そのため茹で上がった後、急速に冷やす事で卵を収縮させて殻離れを良くするという事が行われ、その応用として殻にヒビを入れてから急速に冷やし、殻と卵の間に水を入り込ませるというものもあります。一応試してはみたのですが、正直なところ期待ほどの効果はありませんでした。毎回卵を剥く度に、何か良い方法があるはずと考えてしまいます。聞くところでは、コンビニの店長は研修で教わるのか完璧に剥け、誰が秘訣を聞いても「卵を事前に室温に戻す事」としか答えないといいます。本当にそれだけとは思えず、秘密のノウハウがそこにあるのなら解明してみたい。食への興味は相変わらず尽きないものがあります。



第462回 微妙な研究結果     2006年02月06日

 魚、特に青魚に多く含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)に代表されるオメガ3系の脂肪酸は、健康に良いさまざまな効能が知られています。特に注目されるのは、記憶力の向上、血液さらさら効果による心臓への負担軽減、ガン予防ではないでしょうか。そんなオメガ3脂肪酸は心臓のためには有用であるが、ガンの予防には効果がないことが、米国ロサンジェルスの退役軍人局医療システムのリウマチ専門医マクリーン博士らの研究で明らかにされ、米国医師会誌「JAMA」に掲載されていました。

 オメガ3脂肪酸を豊富に含む食事を摂取する事が、心臓や血管の健康に対して有益である事は既に知られ、さまざまな研究によって証明されていましたが、癌に対する予防効果について明確な研究は明らかにされていませんでした。マクリーン博士ら研究チームは、過去40年の研究データを分析し、その結果として大半はオメガ3脂肪酸の摂取量が多くても、乳癌、結腸癌、肺癌および前立腺癌などの発症率に対する影響は明確ではないという結論を得ました。

 オメガ3脂肪酸は、癌における炎症経路の一部で必須な成分とされ、オメガ3脂肪酸の摂取量が多い事で、この炎症経路を阻害する可能性が考えられるという説もありますが、この学説を裏付ける証拠はまだ得られていないと言われます。動物を対象とした一部の研究では、オメガ3脂肪酸の抗癌作用を示す結果が得られているそうですが、その他の研究では関係は示されていません。

 オメガ3脂肪酸は血液の循環を良くし、また体内で変化していくうちの状態によってアレルギーや炎症の状態を緩和させる働きが知られています。そうした働きは体質を変化させ、ガンになりにくい状態を作り出す事や、健康的な食生活を行う事で、ガンになるリスクを軽減させる事も考えられます。今回の研究結果は米国と日本とのライフスタイルの違いも大きいので、そのまま受け入れられるものか、非常に微妙なものがあり、判断に困ってしまうものがあります。



第461回 おかずって?     2006年02月03日

 主食の横に添えられる副食物は「おかず」と呼ばれ、漢字では「御数」と書きます。ひらがなで書くとすぐに解りますが、漢字だと少々何の事かと迷ってしまいます。日常、何の疑問もなく使っている言葉ですが、成り立ちを考えると興味深いものがあり、好奇心を刺激されてしまいます。

 おかずという言葉の由来はと聞かれると、数をそろえる物だからと答えてしまいます。実は確定ではないのですが、これが最も有力な説で、数を取り揃えるが転じて「御数」となったとされます。古い文献にはおかずの事を、「御巡り」と書いて「おまわり」または「おめぐり」と読ませるものがあります。どことなく職業を指す言葉のようですが、主食のご飯の回りに配置されるという意味からきているようです。ご飯の回りに配置して、文字通り「巡る」状態にするには、それなりの数を揃える必要があるので、やはり御数となってしまう事も考えられます。

 別な考え方としては、さまざまな種類の食材を組み合わせて作られる事から、混ぜ合わせるという意味の「糅てる(かてる)」が元になっているというものもあります。この「かてる」は後に転じて「糧(かて)」となり、今日では広く食料を意味する言葉として浸透しています。食糧事情が良くなってからは、お米のみのご飯が主流となっていますが、さまざまな穀物以外の野菜を加えて増量したご飯を、「かて飯」という呼び方が残されている事からも、「かてる」という言葉が食事に深く関わっている事が伺えます。

 食への関わりの深さについては、「かてる」が転じて「おかて」、後に「おかず」となったという考え方も有力な感じがしますが、「かて飯」のように主食にもかかってしまう事から、副食のみを指す言葉としての説得力を欠いてしまいます。しかし、副食を「菜」と呼ぶ事もあり、さまざまな食材を合せて作る副食を「お惣菜」と呼ぶ事から、穀物以外の食材に「かて」がかかるという事には、ある程度の納得がいきます。そのように考えていくと、意外と奥が深そうな副食を指す言葉ですが、実は「おかず」「お菜」「御巡り」はすべて女房詞です。男らしく言う場合は、「御具足」という言葉が使われていました。具足という性質上、回りに数を取り揃える物となるので、やはり最初の説が有力という結論となってしまいます。



第460回 腐って?      2006年02月02日

 水に漬けておいて柔らかくした大豆を砕き、煮て大豆の搾り汁を取ります。それに塩化マグネシウムを中心とした凝固材を入れて、型に流し込み余分な水分を除いた後、適当な大きさに切り分けて出来上がり・・・どこにも発酵させる工程が含まれていないのに、こうして作られた製品は「豆腐」と呼ばれています。同じ豆を使う製品であれば、納豆の方がよほど「豆腐」と呼ばれるのに相応しい感じがします。

 「畑の肉」と呼ばれるほど栄養価に富む大豆のエキス分を凝縮して作られる豆腐は、塩分などの抗菌成分を含まず、水分も豊富なので菌類にとっては恰好の培地となります。そのため日持ちがせず、腐敗しやすい食材ではありますが、それゆえに「豆腐」となったわけではありません。豆腐の「腐」は「腐敗」とは無関係で、ヨーグルトが「乳腐」と呼ばれた事が元になっています。液体であった食品が、水分を多く含んだ柔らかい固形物になったもの、それが腐と表現されていたようです。

 豆腐の歴史は意外とはっきりしないものが多く、いつ頃から作られていたのかも不明となっています。一応、発祥の地は中国とされ、紀元前2世紀には作られていたという説がありますが、これは、16世紀の中国の書「本草綱目」の中に「豆腐は、漢の淮南王劉安に始まる」と書かれていることが根拠となっています。しかし、豆腐について書かれた文献が唐の時代以前には存在しない事から、起源は唐代の中期頃ではないかとも言われています。少なくとも唐代中期頃には、豆腐は造られていたと思われます。

 日本へ伝えられたのは、古くは奈良時代とされ、遣唐使が持ち帰ったとされていますが、記録としては残されていません。豆腐が文献に登場するのは、寿永2年(1183年)、奈良春日大社の神主の日記に、お供物として「春近唐符一種」の記載があり、この「唐符」が豆腐に関する最初の記録とされます。その後、精進料理の普及にともない貴族や武家社会に伝わり、室町時代に全国的に浸透していき、製造も奈良から京都へ、そして全国へと広がっていきました。身近な食材となっている豆腐ですが、意外と古い歴史を持っていそうな事に驚かされてしまいます。



第459回 鑑定犬     2006年02月01日

 動物の優れた能力は遥かに人間を凌ぐものがあり、中にはその能力によって大いに助けられる事があります。爆発物や麻薬の発見や災害地での生存者の探索、偽造通貨の判別など、犬の嗅覚は広く人のサポートとして役立てられてきました。最近ではアニマルセラピーとして、患者の苦痛を和らげたり自己治癒力を向上させたりと、医療分野でも期待を集めています。そんな犬の嗅覚に新たな注目が集められています。

 カリフォルニアのNPO(非営利団体)、パインストリート基金の最高責任者ブロッフマン氏は、犬の優れた嗅覚によって患者の呼気の中から化学成分の微妙な違いを嗅ぎ分けられると考え、その事を証明する実験を行いました。ラブラドールレトリバー3匹と猟犬のポルトガル犬3匹を用意し、肺癌患者および乳癌患者の呼気標本の前では座るか横たわり、健常者の呼気に対しては反応を示さないよう訓練を行いました。

 3週間の訓練の後、肺癌患者55例、乳癌患者31例、健常者83例の呼気を評価させたところ、早期から末期までの乳癌および肺癌ともに88〜97%の精度で検出することができたと言います。その結果に満足したブロッフマン氏は、「将来イヌが癌の早期スクリーニングの重要な方法となる」と期待を寄せています。同じような事は過去にも報告されており、1989年には、ペットとして飼われていた犬が、飼い主の女性の足の一部分の臭いをしつこく嗅ぎ続けた事があり、調べてみるとその部分にメラノーマ(黒色腫)を発症していたという事が判り、メラノーマや膀胱ガンを嗅ぎ分けられるという事が医学誌「ランセット」に掲載されています。

 今回の実験には一部疑問の声もあり、通常は5週間〜3ヶ月とされるところを、3週間でという犬の訓練期間の短さに対する指摘や、こうした結論にはより慎重を期すべきとする声も寄せられてはいます。しかし、今年中には膀胱ガンの検出に関する実験や、同じような研究内容のプロジェクトが他にも4件ほど進行しており、将来的には地域の医療施設や第三世界諸国で癌のスクリーニングにイヌが用いられる時代が到来するという可能性は、非常に高いものと見られています。3ヶ月という訓練期間を要したとしても、専門医を育てるより遥かに短く、その間の経費も格安。高い診断率と同時にセラピストとしても有能。申し分のない名医となるのではないでしょうか。猫と暮す私としては、ちょっと苦手ですが...。



 

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