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第1038回 植物の箱舟
2008年06月30日
スバールバル世界種子貯蔵庫は、ノルウェー国内の北極圏にある永久凍土の中に建設されています。植物の種子を保管する事によって種の多様性を保護する事が目的とされ、2008年の2月から4、5年をかけて最終的に人間が日常的に栽培し、食料としている150種類の作物すべての品種の種子を集める予定とされています。
植物種の絶滅は将来的な事ではなく、すでに日常的に始まっていて、毎日のように絶滅していく種があります。今後、22世紀末までに絶滅するか絶滅の危機に瀕すると考えられています。そのため、種子の収集は一刻を争うとまで言われます。
約9億円の建造費が投入された貯蔵庫は、内部の温度が常にマイナス18度に保たれ、永久凍土内に建設された事によって予想外の事態が起こり、外界から遮断された状態になっても低温状態が保たれるようになっています。
標高も高い事から、温暖化によって海水面が上昇しても水没せず、世界各国の政府や農業関係機関によって保管されている1400箇所にも上ると言われる種子貯蔵庫が大規模な停電や洪水、戦争などの予期せぬ出来事に遭遇して機能しなくなっても、その予備となる役目を果たすものともされています。
植物の種の保存に関してはそうした取り組みが進められていますが、動物の場合はまだまだ難しい問題が残され、特に多様性の減少という問題は大きな問題となっています。
2007年の時点で国連食糧農業機関に記録されている家畜の在来品種は7600種ありますが、そのうちの9%はすでに絶滅しており、20%は絶滅に瀕しているとされます。
生産性を重視した飼育が行われる事が原因と考えられ、生産性の高い家畜が開発されるとそれ以前の品種が放棄されてしまいます。動物の場合、植物の種子のように冷凍保存する事ができないため、動物版のスバールバル貯蔵庫のような施設の建造は難しいとされます。
遺伝子組み換え技術の発展によって、目に見えない静かな遺伝子汚染が懸念されるようになると、ますます種の保存という事は急務なように思えます。スバールバル世界種子貯蔵庫は、植物版ノアの箱舟、世界滅亡の日に備える地下貯蔵庫とも言われます。備える事によって難を逃れるという縁起担ぎもあるので、絶滅も滅亡もない未来を迎えられる事を願ってしまいます。
第1037回 怖いむずむず
2008年06月27日
むずむず脚症候群・・・最初聞いたときは白癬菌の感染症の事だと思ってしまいました。あまり一般的には聞かない病名ですが歴史は古く、16世紀の文献には既にそれと確認できる症状が記載されていると言います。
その後、1960年代になって、研究者の名前と取ってエクボン症候群と呼ばれるようになり、初めて正式な名前が付けられた事になります。1997年になって米国から日本の睡眠学会に調査依頼がきてから、日本でも広く認識されるようになってきています。
下肢に現れる不快な症状からむずむず脚症候群と呼ばれていますが、下肢静止不能症候群、レストレスレッグス症候群、または頭文字を取ってRLSと呼ばれる事もあります。
自覚症状としては、じっとしていたり、横になったりしていると下肢を中心に虫が這っているようなむずむずした不快感があり、時には激しい痛みが生じたり、脚の中に手を突っ込んでかき回したくなる衝動に駆られる事もあるとされます。
特に睡眠時に起こる事から、睡眠障害の一つとして考えられますが、眠りを確保するために睡眠薬を使用する事は、症状を更にひどくするとも言われています。
現在、判明しているだけで国内の患者は130万人。軽い症状の人も含めると200万人近い患者がいると考えられ、潜在的な患者も含めると500万人にも達するとされています。原因の一つとしてドーパミンの機能不全が言われ、適切な治療を受ける事で症状の大幅な改善が可能と言います。
睡眠障害が問題となる昨今、また新たな眠れない原因が増えてきているようで、安眠を確保する事の難しさを感じてしまいます。眠るというごく普通の事が難しくなってしまうのは、現代社会の複雑さ故でしょうか。
第1036回 ワクチンパッチ
2008年06月26日
慣れない街を訪れて宿泊する際、最初に行う事は飲み水の確保でしょうか。日本国内では水道は完備されていますが、水質は均一ではなく、思わぬ体調不良の原因とならないように安心して飲める水を買いに行きます。
昔から旅先では生水には気を付けろと言われますが、最近では全国何処でデモ手に入るペットボトル入りの水が売られていて、それなりに重宝しています。
旅行者が旅先でお腹を壊す最大の原因は、大腸菌によって汚染された飲食物を摂取してしまう事で、毎年多くが報告され、抵抗力の弱い幼児の場合、死亡する危険性も充分に考えられます。
大腸菌の毒素による中毒症状は、吐き気や嘔吐、痙攣性腹痛や脱水症状が上げられ、通常は5日ほど症状が続きます。慣れない土地での5日間は、かなりの不自由が伴う事が考えられます。
特に発展途上国への旅行が危険性が高いとされ、米国の製薬メーカーがまとめた統計資料では、グアテマラやメキシコへ旅行する事で、約半数の旅行者がお腹を壊すとされています。
これまではそうした食中毒に対し、事前に予防するワクチンは存在せず、旅行者本人が飲食物に対して充分な周囲をはらうくらいしか予防策はありませんでした。
最近判ってきた事では、大腸菌の毒素を微量ずつ体内に摂り込む事で、身体に耐性ができて食中毒を起こしにくくなると言います。実際に行われた試験では、お腹を壊す確率が有効に下がった事や、お腹を壊しても短時間で済んだ事が確認されています。
ワクチンとして使われる成分は、もともとが大腸菌の毒素であるため毒性が強く、経口薬や注射での摂取は難しいとされますが、皮膚に貼り付けておく皮膚パッチには向いているとされます。事前に耐性を付けておく必要があるので、旅行の2週間前から準備しておく必要があるそうですが、高い有効性が確認されているので、旅行の準備として欠かせない物となるかもしれません。
第1035回 ダメージはどちら?
2008年06月25日
先日、タバコが1箱1000円になるという報道が行われていました。日頃からまったく縁がない私としては、あまり関心のない話しではあったのですが、以前行われたアンケート調査では、500円に値上げしてもそれほど禁煙する人は増えず、800円を超えたあたりから急激に禁煙を実施する人が増えるという事なので、それなりの効果が上がるのではとも思ってしまいます。
実際、小さな軽い箱という印象しかタバコが1000円となると、かなりのインパクトがあり、禁煙を試みる人が増える事は容易に想像できます。そのため、試算されているような税収には繋がらないと思うのですが、喫煙を行う人はニコチンへの依存症になっているため、他の商品よりも値上げによる離反は起こりにくいのかもしれません。
タバコというと肺ガンとの関係が、常に言われてしまいます。統計の取り方やデータの評価方法によって、喫煙が肺ガンに結び付くのかは賛否両論が存在しています。また、男女間の肺ガンリスクについても、多くの論議が行われてきました。
最近行われた大規模な調査では、喫煙による肺ガン発症の男女差について、ある程度明確な結論が得られています。これまで女性の方が男性よりも、タバコに含まれる発ガン物質への感受性が高いとする研究結果が幾つも得られていましたが、今回大規模な研究を行う事で、それを否定する結論が得られています。
今回の研究は50〜71才までの男性約28万人、女性約19万人を対象とし、食事、運動、アルコールの摂取、現在、過去の喫煙などの情報を収集しています。全体での肺ガンの発症率は、男性が1.47%、女性が1.21%となったそうですが、喫煙経験のない女性の肺ガン発症率は、同じく喫煙経験のない男性の1.3倍になる事から、女性の方が肺ガンを発症しやすい傾向も考えられます。
男女共に1日に2箱以上を喫煙する人の肺ガン発症率は、喫煙経験のない人と比較すると50倍にもなる事が確認され、肺ガンの種類も喫煙経験のない人の場合、腺ガンの発症率が高く、男性よりも女性が多い傾向が見られましたが、小細胞ガン、扁平上皮ガン、未分化腫瘍の発症に男女差は見られなかったとしています。
男女差による肺ガンの発症リスクに違いが無いという事で、外国の格言にある、「男性と同じように喫煙をする女性は、男性と同じように死ぬ」というものが裏付けられたかたちになります。発症リスク50倍、1箱1000円、健康にも財布にも大きなダメージのように感じてしまいます。
第1034回 廃校間近? 2
2008年06月24日
用水路を見てみると小さな魚がたくさん泳いでいたりします。大きさから言ってメダカだろうと思ってしまうのですが、実はよく似たカダヤシの可能性があります。
カダヤシは北米原産の渡来種で、その名の通り蚊の幼虫、ボウフラを食べて蚊を絶やしてくれるとされ、一時期盛んに放流されていました。
メダカ同様、卵で子孫を残しますが、メダカとの大きな違いは、カダヤシは卵胎生なので、胎内に卵を持ち、孵化した子魚を出産します。
用水路などがコンクリートで固められ、水流が早くなって底が砂地でなくなってしまうと、水草も生えない事からメダカは卵を産み付ける場所に困ってしまいますが、カダヤシは影響を受けません。
メダカの生活圏は急速にカダヤシに取って代わられていきました。その事を象徴するかのように、生物学上の分類にも変化が見られています。
メダカを徐々に塩分を濃くしながら飼育すると、海水の中でも平気で生活する事ができます。メダカがもともとは海で生活していた名残りで、本来は河口付近の汽水域に棲息していたものが用水路を経由して水田で産卵するようになり、現在のような生活スタイルになったと考えられます。
長い事、メダカは淡水魚と信じられていた事から、生物学上の分類はメダカ目メダカ科となっていました。それが海の生物という事で、トビウオやサンマの仲間に入れられ、ダツ目メダカ科と分類されるように変更されています。
メダカ目にはカダヤシやグッピーなどが含まれていましたが、代表者であるメダカを失った事で目の名前も変わり、カダヤシ目と改められています。ここでもメダカがカダヤシに取って代わられた感じがしてしまいます。
メダカの呼び方に関する方言を集めると、確認できているだけでも4680種もの方言があるとされ、最多の名前を持つ魚となっています。それだけ身近で親しまれてきただけに、絶滅危惧種という現状が好転する事を願っています。メダカの学校をそっと覗いてみたら、いつの間にか廃校になっていたという事態だけは避けたいものです。
第1033回 廃校間近? 1
2008年06月23日
「メダカの学校」は誰もが一度は耳にした事のある童謡ではないでしょうか。題材として扱われているメダカは非常に身近な生き物で、流れが緩やかな用水路を覗けばすぐに小さな姿を見かける事ができるイメージがあります。そんなメダカ、絶滅危惧種に指定されているのをご存知ですか?
メダカは、日本では北海道を除く各地に広く生息しています。流れの緩やかな小川や用水路で、主に動物プランクトンをエサとしている事から、蚊の幼虫のボウフラを食べてくれる益魚として扱われてきました。
1999年、当時の環境庁がレッドリストを発表し、その中で絶滅危惧U類、絶滅の危険が増大している種にメダカを記載しています。その後、2003年に環境省が発表したレッドデータブックでは、絶滅危惧種として記載されています。
種としてのメダカが日本から絶滅するというよりも、地域ごとの遺伝的多様性が損なわれ、局所的な絶滅が進行しているという意見もありますが、実際メダカの数は激減しています。
減少の原因は農薬の使用や生活廃水などによる環境の悪化や、護岸工事による生活環境の変化などが上げられ、近年、農地の改良による用排水路と水田の分離が、繁殖時期に水田に入る事を困難にしている事もメダカの繁殖力を著しく低下させているとも言われます。
また、絶滅危惧種に指定された事で、メダカの保護熱が高まった事もメダカの遺伝的多様性にとってはマイナスに働いています。メダカは大きく分けると北日本と南日本の集団に分ける事ができます。さらに生息する水域ごとに10種類ほどのグループに細分化され、それぞれの環境に適応した個体群に分類されています。
各地で行われたメダカの保護の中には、そうしたメダカの遺伝的多様性を無視したものもあり、観賞用に品種改良された飼育種の放流や、メダカの個体数の減少の一因とも言われる生息域の競合種であるカダヤシをメダカと間違えて法流した例も報告されています。
最近、発光する遺伝子を持たせた光るメダカが台湾などから輸入され、販売されているのを見かけますが、それらが環境中に放流されてしまうと遺伝子汚染の度合いがさらに高まる事となってしまいます。メダカの将来は前途多難としか言えません。メダカの学校は大丈夫でしょうか?
第1032回 祖先変更
2008年06月20日
どことなく無理な部分がある事も感じながら、それでも進化論を信じてはいます。進化論を元にヒトの祖先はと尋ねられると、まず頭に浮かぶのはサルなのですが、その前はとなると意外と多彩な生物の祖先と共通してくる事に気付かされてしまいます。
生物の分類法の一つとして身体内に神経が束になったような筋、脊索の存在があります。脊索はやがて体内のカルシウムの貯蔵と組み合わさり、脊柱へと進化していきますが、ヒトも大きな分類上は脊索動物の範疇に収められています。
脊索はどの生物から始まったのかについては、これまで海の生物、ホヤから始まったと考えられていたため、ヒトの祖先はホヤというのが定説のように言われてきました。
最近、遺伝情報の解読が進んでいますが、ヒトやホヤの遺伝情報を比較した結果、ヒトの祖先はホヤではなくナメクジウオであったという新たな進化の順番が明らかになってきています。
これまでホヤの仲間が最初の脊索動物であり、そこから枝分かれしてナメクジウオなどの脊索動物やヒトなどの脊柱動物が生じたと考えられていました。今回明らかにされた事は、ナメクジウオの仲間が最初の脊索動物であり、ホヤはそこから枝分かれしたという事になっています。
ホヤは貝の一種のように思われていますが、孵化してすぐの幼生の頃はオタマジャクシのような形をしていて、海中を泳ぎ回る事ができます。成体になると消失してしまいますが、その尾の部分に尾索(びさく)と呼ばれる脊索があり、貝類とは別に分類され、脊索を持つ動物の祖先とされてきました。
今回行われた研究では、ナメクジウオの全遺伝情報を解読し、約2万1600個におよぶ遺伝子をすでに解読済みのヒトやホヤの遺伝情報と比較したところ、ナメクジウオがより古い生物である事が判ったそうです。
新説では遅くとも5億2千万年前、脊索動物の祖先となる生物からナメクジウオが分岐し、その後、脊柱動物へと進化したと考えられます。その過程においてホヤは枝分かれし、独自の進化を遂げた事になります。これで脊索動物の進化と脊柱動物の起源については、最終的決着が付けられたそうで、今後、新たな学説は生まれないだろうと言われています。
ホヤとナメクジウオ、どちらでも良い感じもしてしまいますが、ナメクジウオは中国の一部でしか食べる習慣が無く、ホヤは日本で今でも食べられているので、心理的な負担は少々和らぐといったところでしょうか。最近、海洋汚染の影響でナメクジウオが激減していると言います。縁続きでもあるので大切にしてあげたいものです。
第1031回 塩上昇
2008年06月19日
塩分を摂り過ぎると血圧が上がる・・・常識のように言われてきましたが、何故そうなのかという明確な説明はごく最近まで見かけなかったように思えます。かつて数10gを日常的に摂取していた人が、一日10gまで塩分摂取量を減らすと血圧が下がったという実例はあります。
塩分に含まれるナトリウムが親水性がある事から、血液中にナトリウムが増えると水分を取り込む事から血液の総量が増えて血圧が上がるという説明もありました。
最近ではナトリウムが交感神経を刺激し、血管を収縮させるホルモンの分泌を促して血圧を上げてしまう事や、血液中のナトリウム濃度が上がると、それを一定値に戻すために体が水分を要求し、血液量が増える事で血圧が上がるという説明が行われています。
最近判ってきた事では、細胞表面にある膜タンパク質が関わっているとされ、NCX1と呼ばれる膜タンパク質の働きを抑えると、高血圧に繋がる血管の収縮が鈍り、血圧の上昇が食い止められる事が確認されています。
NCX1は心臓を形作る心筋細胞に多く含まれています。心筋細胞は収縮するためにカルシウムを必要とし、NCX1はカルシウムの出し入れを担っている事が知られています。
多量の塩分を摂取すると血液中のナトリウムが増え、血管壁の細胞に含まれるカルシウムと置き換わってしまいます。置き換えられたカルシウムは細胞外へ出され、細胞内のナトリウム濃度が高まります。
NCX1は細胞内に取り込まれたナトリウムを細胞外へ出し、再びカルシウムを細胞内に取り込む働きをします。カルシウムが取り込まれた細胞は収縮して、結果的に血圧を上げてしまう事が新たに確認されています。
NCX1の活性を抑えると、ナトリウムとカルシウムの交換が起こりにくくなりますが、血圧も上がらない事が報告されているので、やがてはNCX1の活性を抑える薬剤が開発され、高血圧の治療薬として登場してくる可能性があります。やっと塩分と血圧の関係が正式に判った気がします。
第1030回 100分の1発見!
2008年06月18日
酒は百薬の長と昔の人は言いました。実際はどうなのかというと、お酒に含まれるさまざまな成分、最近大きな話題となったところでは、赤ワインに含まれる抗酸化成分が心臓病の予防に有効であると言われていました。
確かにお酒は発酵食品でもあり、醸造という過程を通して多くの成分が生成され、含まれています。アルコール単体ではどうかというと、血栓を溶かす働きがある事から心血管に関する疾患のリスクを軽減する事が知られてきています。
最近、生活習慣が関節リュウマチ発症の因子となる可能性に関する研究の中で、定期的な飲酒を行う事は関節リュウマチの発症リスクを軽減させる事が判ってきています。
今回行われた研究は、関節リュウマチの患者1650人を含む2750人を対象に行われ、全参加者に喫煙や飲酒などの生活習慣の聞き取り、血液分析による遺伝的な危険因子について調査を行っています。
その結果、定期的に飲酒を行う人は男女を問わず関節リュウマチを発症する確率が低く、最も飲酒量が多いグループでは、最も少ないグループに比べて50%も発症リスクが低い事が判明しています。
関節リュウマチは自己の免疫システムが関節を攻撃し、痛みや腫れ、関節の機能低下をもたらす自己免疫疾患として知られ、細かな原因に関しては明らかにされていません。遺伝的な要因のほか、生活習慣も要因となりうると考えられていましたが、今回の研究はそれを裏付けるものとなります。
アルコールに緩やかな抗炎症作用がある事が発症リスク下げる事に繋がっている可能性があり、逆に全身性の炎症反応を引き起こす喫煙は発症リスクを高めてしまう事も判ってきています。関節リュウマチを予防する意味では良い働きの飲酒ですが、過剰摂取はやはり弊害が伴うので注意が必要です。
第1029回 GI高低
2008年06月17日
最近、「低GI値」をアピールした機能性食品のテレビCMが行われていました。GIとは1981年にトロント大学のジェンキンス博士によって発表された概念で、食品による血糖値の上がりやすさを表した指標の事で、グリセミックインデックスの頭文字をとってGI値と呼ばれています。
ブドウ糖50gを摂取した際の血糖値の変化を基準値100とし、糖質として同量の食品をとった場合の変化を基準値との比較で算出します。GI値の大きさによって、ある食品を摂取した後の血糖値の上がり具合の急速さを知る目安になります。
急激に血糖値が上昇すると大量のインシュリンが必要となり、膵臓に負担がかかってしまいます。血糖値の急激な上昇、インシュリンの大量分泌を繰り返す事は膵臓の疲労にも繋がり、やがて糖尿病を引き起こす危険性も考えられます。
また、インシュリンによって血糖値が下げられる際、血液中の糖分、ブドウ糖の移動先が肝臓や脂肪細胞となっている為、血糖値の急激な上下を繰り返す事は、脂肪細胞の成長を促す事となってしまいます。
低GI値という事は、その食品を摂取しても血糖値の上がり方が緩やかなため、インシュリンの分泌量も少なく、脂肪細胞へ送り込まれるブドウ糖の量も少なくなると考える事ができます。低インシュリンダイエットの考え方も、このGIが元になっています。
GI値の低い食品は消化も遅い傾向があるので、長時間にわたって空腹を抑える事ができます。そうした面からダイエット向きの食品とされますが、やはり食べ過ぎは肥る原因となってしまいます。消化が遅いという事で、消化器官への負担も大きめと考えられるので、体調が優れない場合は注意が必要かもしれません。とりあえず日常生活の中で血糖値のコントロールがある程度できるという事は、健康管理上有効な事なので、GI値の表示が一般化する事は良い傾向かもしれません。
第1028回 ロイヤルはシチュー?
2008年06月16日
あまりペットボトル入りのお茶を買う事はありませんが、たまにどうしても飲みたくなってミルクティーを買ってしまう事があります。買う頻度が低いためにお気に入りのメーカーの物でもパッケージのデザインが前回購入時と変わっていたり、初めて見る商品が棚に並んでいたりと、毎回それなりに変化がある事に面白さを感じたりもします。
最近の物は以前と比べてミルクの分量が増え、ロイヤルミルクティーという表示も多くなったように思えます。ミルクティーは基本的には紅茶にミルクを加えた物なのですが、入れ方によって微妙に名称が変化します。
通常、ミルクティーと呼ばれる物はイングリッシュミルクティーで、ストレートティーに温めない常温のミルクを加えて入れます。温めてしまうとミルクの風味が落ちてしまう事から常温のまま加えるのですが、紅茶自体の温度が下がってしまうので、事前にしっかりとカップを温めておくなどの気配りが必要になります。
ロイヤルミルクティーはミルクで紅茶の茶葉を煮込んで入れます。同じ入れ方にチャイやインディアンミルクティーなどがあり、一旦、紅茶をお湯で入れない分、ミルクの量が多く、こくのある豊かな味わいと言われます。
本来、紅茶の茶葉を煮込む入れ方はシチュードミルクティーと呼ばれるもので、実はロイヤルミルクティーという呼び名は日本独自のものとなっていて、ミルクをたっぷりと入れた紅茶がイギリスでは好まれるという事から名付けられています。
ロイヤルミルクティーとチャイの違いは、チャイにはクローブやシナモン、カルダモンなどの香料が入り、嗜好品としてだけでなく栄養補給も目的としている事から、砂糖やバターを加えたりします。ロイヤルミルクティーよりも濃厚な味となっています。
インディアンミルクティーは、イギリスのインド料理店で出されるミルクティーが元になったとも言われ、ミルクに少量の水分を加えて茶葉を煮出して作られます。シチュードミルクティーの中ではあっさりした味で、ミルクティーとロイヤルミルクティーの中間的存在とも言う事ができます。
家庭でシチュードミルクティーを楽しむ場合、ミルクが乳脂肪の粒を均一化したホモジナイズ加工を施した物の場合、紅茶の成分がうまく抽出されないという事があります。その際、若干の水分を加える事、インディアンミルクティーにする事でミルクティーのできが良くなる事があります。それでは薄くなってという方は、生クリームを加える事で好みの味に仕上げる事ができます。
第1027回 抗酸化弊害
2008年06月13日
ガンにならないためにお薦めする物があるとすれば、最初に思い浮かぶのは抗酸化作用の強い食品だと思います。抗酸化作用の強い物を常に摂取する事で、絶えず体内で発生している活性酸素の害を最小限に抑え、健康を有効に維持する事が考えられます。
活性酸素はその強力な酸化作用で遺伝子に傷を付け、細胞の突然変異を誘発すると考えられています。また、免疫細胞に異常を生じさせ、ガン細胞を排除する力を低下させてしまうとも言われています。
紫外線や放射線、電磁波を浴びた際にも活性酸素は発生してしまう事から、ガンの治療を行っている最中も抗酸化作用を強化したサプリメントなどを利用し、正常な細胞を活性酸素から守るという考え方は納得がいくものがあります。
最近行われた過去の研究の再検討によると、放射線治療や化学療法を行っているガン患者は、抗酸化作用の強いサプリメントなどの摂取を避けた方が良いかもしれないという新たな見解が出されていました。
放射線治療と抗酸化物質に関する対象試験では、一部に抗酸化物質によって死亡率が増大する事を示すものがあり、抗酸化物質が正常細胞と同じようにガン細胞も保護してしまい、ガン細胞を死滅させる治療の妨げになっている可能性が示唆されています。
今回再検討が行われた研究は質的には充分と言えない部分もあるため、すぐにガン治療時の抗酸化物質の摂取を禁止すべきものではないとされますが、可能性的に弊害が生じる事にもうなづける部分もあり、正式な結論が待たれるものでもあります。正常細胞は守りたいがガン細胞まで守っては意味がない、非常に難しい問題となってしまいます。
第1026回 ご都合主義の腐敗と発酵
2008年06月12日
人知を超えた超自然的な力というものは、単に私たちが現状、それを予測したり説明したりするのに充分な方法論を持たないというだけで、確実に存在するものだと思っています。
さまざまな出来事が報告され、いろんな解釈がされていますが、人に都合の良い事が起こった場合は神の力、都合の悪い事が起こった場合は悪魔の仕業とされているのではないでしょうか。同じような事が腐敗と発酵ではないかと、いつも思ってしまいます。
腐敗も発酵も微生物の日常的な営みによる結果と言えます。食べ物に付着した微生物は、その食べ物に含まれる栄養素を分解する事でエネルギーを確保しています。微生物の活動によって生じた物が美味しさや風味を増したり、健康に役立ったりした場合が発酵、食べられない状態になってしまう場合が腐敗と考えられます。
細かく見てみると分解される成分に違いがあり、糖をはじめとした有機化合物を分解した場合、アルコールや有機酸、二酸化炭素などを生じる事から発酵、タンパク質をはじめとした窒素を含む有機物を分解した場合が腐敗と呼ばれています。
腐敗の場合、インドールやケトンなどの腐敗アミンや硫化水素、アンモニアなどの臭気成分生成され、食べ物を食べられない状態にしてしまいます。腐敗に携わった微生物が病原性であった場合、微生物の活動によって食べ物の中に有毒物質が生成される事になるので、腐敗に気付かずに食べてしまった場合、有毒物質の蓄積量によっては食中毒を起こす事となってしまいます。
そうした結果の違いは付着した微生物の違いのみで起こるのではなく、食べ物に含まれる栄養素や食べ物の保存状況、温度などの要因が複雑に絡んで変化していきます。微生物としては日々の営みを淡々と行っているだけかもしれませんが、その評価に関しては大きく変わってしまうものとなり、腐敗と発酵に分けられている事となります。
第1025回 一杯のワイン
2008年06月11日
肝硬変というと、すぐに飲酒が原因として思い浮かんでしまいます。肝臓は非常に再生能力に富む臓器ですが、繰り返し肝細胞に障害が起こった場合、肝細胞が死滅、減少し、繊維組織への置き換えが行われてしまいます。
繊維組織は硬く肝臓の組織として機能しない事から、繊維組織が増えてしまう事は、肝機能の減衰に繋がってしまいます。肝硬変とは文字通り肝臓の細胞が繊維細胞へと置き換わって、肝機能が低下した状態を指します。
毎日飲酒を行う事は、アルコールの分解器官である肝臓が繰り返しアルコールによる障害を受け、繊維細胞が増えてしまうと考えられています。そのために飲酒が肝硬変の主要な原因のように思われてしまいますが、意外と飲酒が原因となっている例は少ないとされます。
肝硬変の原因の最大のものはC型肝炎ウィルスによる炎症で、全体の60%がこれにあたると言われています。同じウィルスでもB型肝炎のウィルスは15%に過ぎず、アルコールはそれに次ぐ12%程度とされています。
最近、少量のワインを毎日飲む事は、肝臓を保護する上で有効とするレポートが出されていました。他の種類の酒、ビールや蒸留酒では同様の効果が低かった事から、ワインに含まれる特有の成分が関係していると考えられています。
ワインには抗酸化作用が高い成分が含まれるので、それが肝細胞の保護に役立っているのではと思うのですが、レポートの結果に関する但し書きに、ワインを飲んだ事によって酒量が増えてしまう事はお薦めできないと記されていました。
現在、日本の肝硬変患者の数は40万人と推定されています。全体の12%に過ぎないとはいえ、やはり健康リスクは避けた方が良いと思います。毎日飲酒される方は、休肝日の習慣を忘れないようにする事をお薦めします。
第1024回 いももち様々?
2008年06月10日
いももち・・・文字通り芋を使った餅、または餅のような食べ物の事です。日本で芋といと単品ではなく、複数の芋を思い浮かべてしまいます。サツマイモ、ジャガイモ、サトイモといったところが3大芋という感じでしょうか。それぞれデンプンを含む事から、同じような調理方法でいももちを作る事ができます。
いももちに使われる芋は、それぞれの地域によって多く作られている物が使われ、栄養成分的にも主食の代わりになるものとなっていて、地域性を感じる事ができるようになっています。
特に有名なところでは北海道のジャガイモを使ったもので、茹でたジャガイモに片栗粉を加え、練り上げて棒状にした物を輪切りにして焼き上げて仕上げます。甘辛いタレが絡めてあるので、最初に映像だけ見たときは鹿児島のジャンボ餅かと思ってしまいました。
一言で芋と言った場合、最も多く思い浮かべられるのは、やはりサツマイモかもしれません。もち米を蒸して餅を作る際、蒸したサツマイモも一緒に加えて突上げるいももちは、各地にさまざまな名称で呼ばれて親しまれています。
最近、少しだけ知られるようになってきた熊本の天草地方で作られるこっぱ餅も、このいももちにあたるもので、サツマイモを蒸して薄く切り分け、干して保存性を高めたこっぱと呼ばれる保存食が使われています。
サツマイモを使った物がいももちと呼ばれて親しまれている例としては、和歌山県周辺で作られている物が有名で、突きたての柔らかい物に黄な粉がかけられて食べられています。
サトイモを使った例は岐阜県の周辺に多いとされ、もち米ではなく普通の炊飯用の米を使い、炊き込みご飯のようにサトイモと米を一緒に炊き上げ、すりこぎなどの棒状の物を使って潰しながら成形し、生姜醤油を塗って焼き上げて仕上げられます。
由来も素材もさまざまないももちですが、素朴な雰囲気がいかにもスローフードな感じがしてしまいます。もち米を突上げるとなると大掛かりですが、ジャガイモやサトイモを使ったものなどは、比較的簡単に出来そうなので、休みの日にでもゆっくり取り組んでみるのも楽しいかもしれません。
第1023回 PQQ?
2008年06月09日
PQQ、ピロロキノリンキノンは微生物の成長を促進したり、能力を高める効果がある事から、醸造や発酵といった微生物の力を借りて操業している工場で生産性を高めるための添加物として使われています。
最近判ってきているところでは、PQQは微生物だけでなく哺乳類にも必須な物とされています。PQQを除去した状態で育てると幼年期の成長が悪く、繁殖能力や免疫力も低くなってしまい、皮膚や血管壁などがもろくなるという異常が出ます。
哺乳類の細胞を調べると全身の細胞にPQQが存在している事が判ります。植物にも含まれている事から、哺乳類は植物を食べる事によってPQQを摂取し、健康を維持していると考えられます。
植物にはどのようにしてPQQが含まれるかについては、植物と共生する微生物によって作られ、植物の細胞内に含まれるようになっていると考えられてきました。PQQを作り出せる微生物はごく一部に限られ、必須な成分でありながら貴重な物のように思われてしまいます。
最新の研究では、抗生物質を使って植物を無菌状態にして育成しても植物の細胞内にPQQが含まれる事から、植物にもPQQを合成する能力がある事が判ってきています。微生物や哺乳類といった動物ではなく、植物がPQQを合成しているという事は、植物にとってもPQQが必要な成分であると考えられます。
植物にとってPQQはどのような働きをしているかを調べるため、植物にPQQを肥料として与え、自分で作り出すだけの状態の物と比較すると、PQQを与えた植物はストレスに強い事が観察されます。
植物の育成とって塩分の存在はかなりのストレスとなるのですが、通常では20%以下しか生き残れないような高い塩分濃度の中でも、PQQを与えられた植物は最高で70%近くが生存し、ストレス耐性が高められている事が伺えます。
PQQの添加によるストレス耐性の高まりは塩分濃度に限った事ではなく、高い温度や強い光、汚染物質などの人為的な要因にも高い耐性を示す事が確認されています。発酵の効率アップに限らず、植物の育成補助、動物の成長促進など今後PQQを見かける場面が増えてきそうな感じがしています。
第1022回 危険な硫黄の香り
2008年06月06日
移動には車を使っていますが、移動中ほとんど窓を開ける事はありません。それでも阿蘇という地域柄、閉めきった車内にまで温泉地特有の臭いが入ってくる事があります。
温泉には硫黄分が多く湧き出している事から、特有の臭いは硫黄の臭いと言われる事がほとんどですが、実際は硫黄には臭いがなく、硫黄の臭いと呼ばれているものは硫化水素か二酸化硫黄の臭いとなっています。
地中から湧き出した硫黄分は、温泉の中に棲息する嫌気性細菌によって分解され、硫化水素になります。硫化水素は不安定な物質なので、空気中で酸化されて二酸化硫黄へと変化してしまいます。
それが特有の臭いの素で、よく卵が腐った臭いと表現されますが、卵にも硫黄分が含まれている事から腐敗の際に分解されて硫化水素が発生してしまう事で共通の臭いとなっていると言う事ができます。
硫化水素の化学式はH2Sで水素と硫黄で出来ています。よく化学式では分子同士を繋ぐ手と表現されますが、水素の手は1本、硫黄の手は4本あります。互いに手を繋ぎ合っても硫黄の手は2本余ってしまいます。そのため硫化水素は非常に不安定で、触れる物を酸化してしまう強い性質を持っています。
硫化水素と同じような不安定さを持つ物質に一酸化炭素があり、どちらも吸引してしまうと酸欠の状態に陥って死に至る事もあります。それ故に硫化水素は毒ガスに等しい物として扱われます。
硫化水素は空気よりも比重が重いので、風に流されながら谷間に沿って漂ってきます。火山や温泉地の窪地や谷間が危険視される理由も硫化水素が溜まって濃度が高まりやすい事にあり、山間部で卵の腐った臭いが強くなったら非難しなければならないと言われる理由にもなっています。
自然界での硫化水素の発生は嫌気性細菌の働きが主ですが、化学の教科書では硫化鉄と希塩酸から作る事が一般的に言われています。最近、非常に身近な入浴剤と洗浄剤を混合する事で発生させる事が知られ、インターネット経由で広まってしまいました。臭いに関してはあまり緊迫感が感じられませんが、危険性は高いものがあるので、軽い気持ちで扱ってはいけないと思っています。
第1021回 ラジオに見る粉物の進化
2008年06月05日
最近、ラヂオ焼きの復刻が行われているのを発見しました。B級グルメが社会的地位を確立する中で、確実に粉物と呼ばれる食文化の評価は高まってきています。ラヂオ焼きの復刻もその一環と言えるのではないかと思ってしまいます。
ラヂオ焼きは、「ジ」ではなく「ヂ」というあたりにも時代が感じられてしまうのですが、昭和の初期、当時ハイカラの象徴であり、非常に高価な物であったラジオが語源となっています。ラジオの丸いダイヤルを模したのが、丸い形状に焼き上げる始まりとされ、たこ焼きの原点の一つともされます。
穀物をすり潰して粉にして調理するいわゆる粉物の歴史は非常に古く、すでに古代の段階で粉を水で練って焼き上げる「煎餅」の原型が見られています。室町時代に入ると小麦粉などを練っている際に発生するグルテンを利用した「麩のもの」と呼ばれる物が見られるようになり、室町時代の後期には麩のものに具材を入れた物も登場しています。
その後、具材入りの麩のものは和菓子との融合などの独自の発展を見せながら、江戸時代に入ると庶民の食文化へと繋がっていきます。粉物の歴史としては麩のものから江戸時代後期、もしくは明治時代に入ってから登場する緩く水で溶いた小麦粉を好きな文字に焼き上げる文字焼きへと繋がる事となりますが、麩のものと文字焼きが同一の系譜上にあるというのは、少々無理があるようにも思えてしまいます。
やがて文字焼きは具沢山になる事でもんじゃ焼きへと変化し、もんじゃ焼きは持ち帰りを考えて固さを増す事でどんどん焼きへと発展していきます。どんどん焼きはその後の洋食ブームを受けて一銭洋食となり、今日のお好み焼きへと進化を遂げる事となります。
どんどん焼きが一銭洋食となり、お好み焼きへと発展していく途上において粉物は新たな分岐点を迎えます。鉄板の窪みに生地を流し込み、具材を加えて焼き上げるちょぼ焼きの登場で、これまでの生地を鉄板上に広げて焼き上げる調理方法から、型によって形状を決めて焼き上げるという概念が生まれ、丸く焼き上げる事でラヂオ焼きへと繋がっていきます。
昭和10年、明石では中の具材にタコを使っている情報を元に、ラヂオ焼きは具材をそれまでの牛スジ肉、こんにゃくなどからタコへと変え、名前もたこ焼きに変更されます。それが今日のたこ焼きの元祖になる物で、その意味からラヂオ焼きはたこ焼きという日本独自の食文化における進化の途上の重要な位置を占めている事になります。タコの代わりにしっかりと煮込んだ牛スジとこんにゃく、一手間多いのが特徴です。
第1020回 腱食?
2008年06月04日
子供の頃、特に冬場のの事ですが、良いスジが入りましたよという母親への肉屋の伯父さんの一言で、我が家の数日後のメニューが決まっていました。スジというのは牛スジ肉の事であり、馬のスジという事もありました。
食用にされるスジ肉は多くの場合、肉牛のアキレス腱の部分で筋肉と骨を繋ぐ堅いゼラチン質の部分を指します。たまにスジ肉にはありえない程の脂身を伴った物がスジ肉として売られている事がありますが、肉質が近い事から横隔膜の一部をスジ肉として売られている事があるので、それかもしれないと思ってみています。
スジ肉は非常に堅い部位なので、下拵えとして長時間煮込む必要があります。煮込んでいる最中も臭みが強く、締め切った屋内で煮込むには少々抵抗があり、そうした面倒な部分が多い事から店頭に出回る機会も少なくなってしまいます。
幾度か茹でては水を換えていく事で、臭みが消えて軟らかくなっていきます。だしがよく出る事から、我が家ではおでんの具材として使っていましたが、それ以外の料理には使っていませんでした。しかし、下拵えの手間隙を惜しまなければ意外と使いやすい食材であり、実際レパートリーは多いと言います。
スジ肉を多めに入れて、その日だけでは食べきれない事から、次の日、冷えた鍋の中を見るとゼリー状の塊ができています。煮込まれて溶け出したゼラチンが冷えて固まったもので、濃厚な味に一役かっている事が理解できます。
本来ゼラチンは無味無臭なので、精製度が高まれば高まるほどスジ肉も臭みや雑味が無くなって素直な食材になっていきます。良質なタンパク質であるコラーゲンを多く含み、身体には必要な物でもあるので、手間隙かけて調理する価値のある食材なのかもしれません。
第1019回 サプリメント?
2008年06月03日
最近では屋外でバーベキューなどを楽しまれる方や、そうしたパーティーに招待される機会も増えてきました。定番は牛肉を使った焼肉ではないかと思いますが、意外と目先が変わって人気なのが魚介類の鉄板焼きではないでしょうか。
炭火やガスなどで高温になった鉄板の上で豪快に焼かれる魚介類の鉄板焼きは、屋外ならではの醍醐味とも言えます。そんな魚介類の中にあって定番中の定番と言えるイカの切り身は、鉄板の熱を受けると驚くほどくるくると丸まってしまいます。
全体に軽く焼き目を付けたいので、丸まった切り身を広げようとするのですが、思いの外、丸くなる力が強く、焼き上がってみると身が固くなっていてがっかりさせられる事があります。
イカは体の軸に沿うようにコラーゲンの繊維が走っています。丸くなる力は、そのコラーゲンの繊維が熱を受ける事で収縮して発生しています。コラーゲンの収縮に併せ、イカの組織に含まれていた水分も流出するので、イカの身は予想外に固くなってしまいます。
コラーゲンの性質として65度以下の温度では繊維が伸びたままで収縮が起こらないため、イカを煮る際は弱火でゆっくり煮る事が推奨されています。
イカの煮物というと大根やサトイモが一緒に煮込まれていますが、大根やサトイモが一緒に煮込まれると煮物全体の温度が上がりにくくなるので、イカを柔らかく煮上げる事ができます。イカを単体で煮る際、片栗粉を少量加えるという工夫も煮物の温度を上がりにくくしています。
可能な限りコラーゲン繊維の収縮が起こらず、柔らかくイカを煮上げるには、イカを2、3分ほどさっと弱火で火を通した後、取り出して煮汁を煮詰めて火を止め、イカを絡めるようにして味を染込ませます。そこまで気を使ってもやはり火が通ると固くなってしまうのは、イカの組織に含まれるエラスチンが関わっています。
エラスチンはコラーゲンと同じく繊維状のタンパク質で、非常に優れた伸縮性を持っています。柔軟さが求められる組織に深く関与し、人体では皮膚の真皮や靭帯、腱、血管壁などの伸縮性、柔軟性が必要な器官に多く存在しています。イカの柔軟な動きや意外な程強靭な力を出せる体を思うと、エラスチンが豊富という事も納得がいきます。
コラーゲン、エラスチンが豊富と言う事で、イカはほとんど美容食のように思えてしまいます。豊富なコラーゲン、エラスチンを酵素で分解、発酵させ、多くのアミノ酸を含み、タウリンも豊富と言われてしまうと、ほとんどサプリメントの紹介に聞こえてしまいますが、意外な食品の事だったりします。イカのワタに含まれる酵素を使って発酵させる「イカの塩辛」は、内容成分だけを見ると美容食以外の何物でもないように感じられます。塩分が多めなので食べ過ぎるとむくみの元になるので、ほどほどにしかお薦めできないのが残念ではありますが...。
第1018回 妖精ウンディーネ
2008年06月02日
湖や泉に住むとされる妖精のウンディーネは、本来は性別はないとされますが、多くの場合美しい女性の姿で描かれています。中世の有名な錬金術師、パラケルススによると、ウンディーネには本来魂はなく、人間の男性と結婚する事によって魂を得るとされています。
フランスのジャン・ジロドゥの戯曲、「オンディーヌ」では、ウンディーネは美しい姿の水の精として登場し、ハンスという青年との恋に落ちて人間に姿を変えてしまいます。ウンディーネは自由奔放な性格のため、やがて嫌気がさしたハンスは人間の娘、ベルタに恋をして結婚してしまいます。ウンディーネが人間に姿を変えるにあたって神は、もし相手がウンディーネを裏切った場合、相手を殺すように命じていました。
ウンディーネは命令に従い、ハンスに呪いをかけて破滅させてしまいます。その後、ウンディーネは再び水の精に戻りますが、人間界で起こったすべての出来事は記憶から消されてしまいます。戯曲によってはウンディーネは、ハンスを助けるために「ハンスが私を裏切る前に私がハンスを裏切った」と嘘を付くという場面もありますが、ウンディーネがハンスに用いた呪いは「眠ると死に至る」という魔法でした。
まるでその呪いにかかっているかのような症状を示す事から、先天性中枢性肺胞低換気症候群は「ウンディーネの呪い」という呼び方をされてしまいます。通常、肺の中の二酸化炭素濃度が高くなって低酸素状態が起きると、肺の中の受容体が血液中の酸素や二酸化炭素の濃度を感知して脳の呼吸中枢に信号を送り、換気を促すという機能が備わっています。
自律神経が担っているこの機能が先天性中枢性肺胞低換気症候群患者の場合、起きている時は正常に生理的呼吸機能が保持されていますが、一旦眠ってしまうと機能が麻痺してしまい、肺での酸素と二酸化炭素のガス交換ができなくなって呼吸不全を起こしてしまいます。
最近、問題視されている睡眠時無呼吸症候群と非常に似ていて混同されそうですが、先天性中枢性肺胞低換気症候群は先天性という名前が示すように遺伝子レベルでの異常が原因となっています。中枢神経の自律神経細胞の発生に関する遺伝子の突然変異が原因とされ、非常に稀な症状とされます。現在の報告例による患者数は全世界に200名もいないとされ、如何に稀な症状かが伺えます。眠ると死んでしまうというのは、確かに呪いのように思えてしまいます。
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