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第1454回 地溝油?     2010年03月31日

 以前、グリストラップの清掃をバクテリアの力を借りて行うという商品を企画されている人と話をした事があります。グリストラップは阻集器と言われる物で、配管が閉塞してしまう原因となる物質や、有害であったり危険な物や再利用可能な物質を排水から分離して回収したりする際に設けられる排水設備の事を指します。

 排水設備からの悪臭を含んだ空気が逆流する事を防ぐ排水トラップと一体化している事や、油脂類の分離を主な目的にしている事から飲食店の厨房に設置されている物はグリストラップと呼ばれる事が通例となっており、厨房設備から出される排水には、料理に使われた多くの油脂が含まれる事から、排水を一旦グリストラップに溜まらせて冷却し、冷えて凝固した油脂を回収して配管の閉塞を防止しています。

 毎日の調理や洗物で出される油脂はかなりの量に上り、それが冷えて凝固した物となると洗浄する事の大変さが伺えます。それをバクテリアを入れる事で分解してもらえれば、清掃が楽になるだけでなく余分な洗浄剤も使用しなくて良くなる事から、環境負荷も少なるというメリットが考えられます。

 発想は非常に良かったのですが、いざ出来上がった製品をグリストラップに入れてみると、実際のグリストラップは店によって環境が異なり、また洗物に使われている洗剤も想定していたよりも強力であった事から、バクテリアは働く前に殺菌されてしまい、効果を上げる事は出来なかったと言います。

 それだけ過酷な状態にあるグリストラップの中ですが、過酷さを作り出しているのは油脂と洗剤だけでなく、調味料や食材のクズなどの存在も考えられます。そんな排水溝から汚水を集め、油分を分離して食用油として再利用するという、地溝油と呼ばれる信じられないような再生食用油の存在が中国で報告されていました。

 地溝油が注目を集めたのは2010年3月17日付けの全国紙、「中国青年報」が報じた「地溝油を包囲殲滅する」という記事が元になっていますが、地溝油の存在自体は2006年12月15日付けのレポート、「中国では下水溝から食用油が作られる」で取り上げられていました。

 地溝油は一般の飲食店の厨房から出た汚水に含まれていた油脂類が溜まった物を下水溝から汲み上げ、一昼夜かけて濾過し、加熱、沈殿、分離といった複数の工程を経て、無臭の再生食用油としています。低価格で飲食店に販売された地溝油は調理に使われ、また汚水に混じって下水溝へと流れ込み、新たな地溝油へとリサイクルされていくという怖ろしげな循環ができていると考えられます。

 推計では年間に200〜300万トンもの再生食用油が使われていると考えられ、中国で使われる油脂類の総計が2250万トンとされる事から、再生食用油の比率は10%近くになり、10回外食をすると1回は地溝油に当たっている可能性があるという事になってしまいます。

 加工食品を輸入する日本にとっても食の安全に関わる重大な問題に繋がる可能性のある事ではありますが、毒入り餃子やダンボール肉まんの際のような衝撃を受けないのは、どことなくこの類の問題に慣れつつあるようでその事にも不安を感じてしまいます。


 



第1453回 白い山     2010年03月30日

 洋の東西を問わずスイーツとは新陳代謝の激しい分野ではないかと思います。目新しく美味しい商品が次から次へと登場し、飽きるよりも新商品の登場が早いという状況は見ているだけでも楽しいものがあります。

 そんなスイーツの中にあって、定番化して長く親しまれている物も多くあります。栗を使ったケーキである「モンブラン」もショートケーキの基本的な定番商品の一つと言う事ができます。

 モンブランの語源はアルプスの山であるモンブランで、フランス語の白い山の意味があります。典型的な形式としては、カップケーキ型のスポンジ生地やタルトなどの土台に生クリームをホイップして山のように盛り上げ、その上から栗の甘露煮をペースト状にした物を被せて粉砂糖をふって仕上げられます、

 栗によって山肌が表現され、山形の頂上部分に降りかけられた粉砂糖によって山頂の万年雪が表されていますが、実際のアルプスのモンブランと大きく違う点は、栗を使ったケーキである事を示すために、頂上に半分に切った栗の甘露煮が載せられている事があり、それが実際の山であれば山頂に巨石が載っている事になってしまいます。

 ケーキのモンブランは日本が発祥とされ、日本固有のケーキメニューと言われる事があります。今日のようなスタイルのモンブランの発案者が東京、自由が丘の洋菓子店「モンブラン」の初代店主、迫田千万億である事に由来するのですが、その原形となった物はフランスとイタリアに存在しています。

 フランスのサヴォワ県と国境を挟んで隣接するイタリアのピエモンテ州には、家庭で作られるお菓子の一種としてメレンゲを焼いた物を土台として生クリームと茶色い栗を配合したマロンクリームを盛り上げた物があります。このお菓子がパリへと伝わり、洗練された物が「栗のモンブラン」と呼ばれるお菓子となったとされます。

 また別の説では、1903年に開店したパリの菓子店、「アンジェリーナ」で開発され、創業当時から看板メニューとされていたというものがあります。

 流れから考えるとフランスとイタリアの国境付近に存在した伝統的な山をモチーフにしたお菓子を採り入れ、パリの菓子店がより洗練された物として売り出し、それを元に日本でショートケーキのレシピの一つとなったというのが自然なように思えます。

 初代のモンブランケーキは、カステラの土台をくり抜いて生クリームと栗の甘露煮を丸ごと一個入れ、その上からバタークリームを盛り上げて表面に細く搾り出した栗のペーストで山の形にし、仕上げは雪を表す白いメレンゲがこんもりと載っていたと言います。現在主流となっている粉砂糖による雪と比べると、随分雪の量が多いようにも見え、こんなところにも温暖化の影響がと思いながら、ケーキを前に微笑んでしまうものがあります。


 



第1452回 天然?養殖?     2010年03月29日

 天然物、養殖物というと魚介類が思い浮かびます。天然物は荒波に揉まれ、自らエサを捕食しながら育つので身の締まりがよく、養殖物は穏やかな環境でエサに不自由する事なく育つ事から脂ののりがよいとも言われ、天然物の方が価格的には高価なものになっています。

 天然物と養殖物では成長する環境が大幅に違う事から、魚種によってはヒレや大きさ、全体の雰囲気などに違いが生じるものもあり、ある程度の予備知識さえあればプロでなくても簡単に見分ける事ができます。

 磯で育つ魚介類であれば天然、養殖の違いがある事は納得がいくのですが、小麦粉に砂糖、卵、小豆といった農園から出てくる素材によって作られる魚、たい焼きにも天然物と養殖物があると言われると少々奇妙な感じがしてしまいます。

 たい焼きは生地を、鯛の形をした焼き型に流し込んで焼き、片側に餡子を乗せて両面を貼り合せて焼き上げる庶民的なスイーツとして親しまれています。

 たい焼きの発祥については諸説があり、決定的な証拠となるものがないために定かではないとされていますが、100年ほどの歴史を持つとされ、明治時代に焼き型となる鋳物の製造が始まった事が原点にある事が考えられます。

 元となった物として今川焼きの存在があり、今川焼きの円形の焼き型をさまざまな動物などの形にして焼いていた物のうち、縁起が良くて当時は高価でなかなか食べられなかった鯛というモチーフが好まれて生き残り、今日のたい焼きというカテゴリーの確立に繋がっていると言えます。

 そんなたい焼きを焼き上げる際、一匹分の焼き型が鉄製の棒の先に固定され、一回に一匹を焼き上げる「一本焼き」と複数をまとめて焼き上げる形式があり、前者を天然物、後者を養殖物とたい焼きファンの間では呼ばれています。

 固定された焼き型で複数のたい焼きを焼き上げる養殖物と比べ、天然物では焼け具合に合わせて加熱位置の調整が可能な事から、火の通り具合に大きな違いが有り、焼き上がりの美味しさに差が出ると言います。最近、たい焼き屋の数は増え、中の餡をさまざまに工夫した変種も増加してきているようですが、天然物は減少傾向にあるようです。天然物探しや焼き型の違いを比較しながら散策すると、たい焼きも意外なほど深い世界観を持っている事が判ります。


 



第1451回 13位?     2010年03月26日

 先日、面白いランキングを見掛け、興味深く眺めてしまいました。そのランキングとは日本全国のビックリした食習慣に関するランキングで、地域によって意外な食べ物や食べ方があるものだと思えます。

 ランキングの上位10位以内に4つも山形県の食べ物が入っていて、上位3位を独占している事からも山形県の独自性が伺えてきます。同県は外食に関する個人支出の中で、ラーメンに対する比率が最も高い県とも言われ、食に対する柔軟な姿勢を持つ文化が形成されているとも思えます。

 1位に輝いたのはさくらんぼカレーで、さくらんぼを使ったピンク色のマイルドな味のカレーというのは、想像する事自体に難しさを感じてしまいます。同じフルーツを使ったカレーとしては3位のラフランスカレーがあり、こちらはカレーに甘味のある素材を加える事があるので、若干受け入れやすいものがあります。このさくらんぼとラフランスのカレーは山形県の食となっています。

 2位のあんかけ素麺も山形県の庄内地方の食とされ、素麺にみたらし団子のような甘いあんをかけて食べるそうで、一瞬抵抗があるように思えながら東京の老舗豆腐店で人気の黒蜜をかけて食べる「玉豆腐」の存在を考えると意外と相性が良いのかもしれないと思えてきます。

 4位にランクされた富山県の味噌汁の具にきゅうりや、7位の山梨県のまだ固いカリカリの状態の桃を食べるというものは産地ならではのものがあるのではと言えます。

 当地熊本に関しては13位にちくわサラダがランクされていて、一応上位ランクという事で誇って良いものか複雑なものを感じます。

 ちくわサラダはちくわの穴にポテトサラダを詰めて天ぷらにした物で、熊本の大手弁当販売チェーン店の発案によって30年ほど前に発売された物が元になっています。

 県の南部、日奈久の特産品であり弁当の素材として人気があったちくわとポテトサラダを合わせるという発想から生まれ、意外な人気に地元の惣菜店も真似をして作るようになった事から、多くの販売例を見ますが、一般家庭のメニューではない事から食習慣と言われると少々抵抗を感じてしまいます。

 同チェーンのメニューに詳しい知り合いの話では、ちくわ系メニューとしては縦に半分に切ったちくわのU字の溝に、ウズラの茹でた卵3個を並べて天ぷらにした「ウズラちくわ」の方が高級珍味だと言います。

 ウズラちくわを抑えてちくわサラダが上位進出を果たした背景には、ちくわサラダの方が手軽に作れるメニューであり、広く普及していた事があったようにも思えますが、あくまでも一般家庭で天ぷらを揚げる際の品目の中の一つではない事だけは理解してほしいように思えてしまいます。


 



第1450回 割高綿     2010年03月25日

 エコグッズを扱う店で、「オーガニックコットン」と表記された通常の綿製品よりも割高で販売されている製品を見掛ける事があります。見慣れた綿製品のように白くなく、生成(きなり)と呼ばれる薄いベージュがかった色合いの製品はどことなく自然な素朴さを感じさせてはくれますが、その価格差には素朴なものがないようにも思えてしまいます。

 オーガニックコットンとは他のオーガニック製品がそうであるように、3年以上農薬や化学肥料を使用していない土壌で栽培された綿を指します。雑草には除草剤ではなく被覆植物を植えて対処し、害虫の駆除には殺虫剤ではなくテントウムシなどの益虫、肥料も天然の堆肥などを用いるといった手のかかる栽培方法が採られています。

 オーガニックコットンの色合いにも意味があり、綿花は成長が進むと色素が綿に入り込み、色が付いて白くなくなってしまうため、落葉剤などを使って途中で成長を止めてしまう事が行われます。オーガニックコットンでは落葉剤を使用せずに成長を続けさせるため、色素由来の色になってしまい、漂白も行わない事から自然のままの色で製品化されています。

 オーガニックコットンを染色する場合は、事前の漂白は行わず天然由来の素材で染める「草木染め」が行われている例を多く見掛けます。

 草木染めは自然の中から得られた素材を使う事から安心感が高いように思えますが、意外な盲点がある事も言われています。

 草木染めでは草木由来の色素の染着を良くするために助剤と媒染剤が用いられ、媒染剤は金属塩と呼ばれる物で銅やクロムなどの重金属が含まれている事があります。

 草木由来の色素と綿の繊維の結合力が弱いために、それを補って色落ちしにくくする働きや、天然色素の発色といった部分を媒染剤は担っているのですが、染色後洗い流されるとしても性質上、完全に除去できていない事も考えられます。せっかくのオーガニックコットン、染色にも気を使って安心安全な製品に仕上げてたいという思いからか、オーガニックコットンは染色されていない製品が多いように思えます。

 割高感からかそれほど販売がうまくいっていないようにも感じられますが、もっと販売数が増加して価格の低下に繋がり、市場に浸透していく事を願いたいと思います。良い物には頑張ってほしいものです。


 



第1449回 天然由来燃料     2010年03月24日

 随分と前の事になりますが、テレビで放映される自動車レースのF−1を観戦するのが好きでした。スポーツの一環として行われるF−1は当然厳しいルールが定められていて、車体の大きさや最低重量、大まかな形状、積載する燃料など細かくレギュレーションが決められています。

 細かく車体に関する規定が決められていると、どのチームの車もほぼ同じような性能となってくるのですが、当時は燃料として使われているガソリンに燃焼効率を高めるような添加剤を加える事でより大きなパワーを得るという工夫が行われていて、コーナーに侵入し、激しくブレーキをかける車の排気口から通常ではありえないようなシャンパンゴールドの炎が噴出すのが印象的でした。

 当時、何を燃やせばあのような炎色反応が得られるのだろうと考えたりもしたのですが、ピットの近くに行くと目に沁みるというレポーターの発言もあったので、かなりの化合物が添加されているのではと想像していました。

 F−1のレースで使われる車体では、燃料としてガソリンが使われています。ガソリンは空気と混合されてエンジンのシリンダー内で燃焼され、爆発的に膨張します。燃料に含まれる爆発性の粒子が多ければ、それだけ大きな馬力を生み出す事ができるので、その役割を担うのが添加剤という事になります。

 燃料の添加剤としてはベンゼンやメタノール、アセトン、ニトロベンゼンや航空燃料として使われるケロシンなども使われた事があると言います。最近知った事ですが、現在のレース用の燃料には重量の5.75%のバイオ成分が含まれている事が義務化されていました。

 最先端のバイオ成分の添加剤にはセルロース系成分と呼ばれるエタノールに由来する物が使われ、麦わらが原料として使われていると言います。

 エタノールと言うと古くから穀物を発酵させて得られてきました。そのためバイオ燃料の幻聴を確保するために世界的に穀物が高騰したのは記憶に新しい事でもあり、燃料と食料の競合が大きな問題となっていました。

 燃料の確保のために食料がある程度犠牲になるのは仕方のない事のように言われながら、食用には適さない植物の種子や食用以外の部分から燃料を得る技術の発表が相次いでいましたが、麦わらを使ったエタノールもその一つと言えます。

 エタノールと言うとお酒や消毒薬が思い浮かび、燃料という感じがあまりしませんが、F−1によく似たインディカーでは2007年以降、エタノールを主原料とした燃料を使用していて強力なパワーが得られています。

 F−1に燃料を供給する会社では、すでに麦わらを確保するために600軒の農家と契約し、エタノール化のためのプラント建造も行っているそうです。やがて車の燃料は栽培するものであり、栽培時に二酸化炭素を吸収する事から環境への排出はゼロと算定され、自動車需要の伸びによって食料価格の下落が起こるといったニュースを耳にする時代が来るのかもと想像してしまいます。


 



第1448回 使いすぎ?     2010年03月23日

 洗剤と人との関わりは古く、紀元前2800年頃のバビロンではすでに身近な洗剤である石鹸が使われていた形跡が残され、紀元前2000年頃になると石鹸の製法を記した文献も残されていて、日常生活に欠かせない洗剤が如何に古い時代から存在していたのかを伺う事ができます。

 洗剤はさまざまな物の汚れを洗い流すという事を円滑に行うための物で、界面活性剤を主成分としています。界面活性剤は親水基と呼ばれる水と結び付きやすい部分と疎水基と呼ばれる油分に結び付きやすい部分を持ち、水に溶けにくい汚れを水に溶け込める状態に仲立ちして汚れ落ちを促す性質があります。

 石鹸に代表される洗剤は界面活性剤を含んでいるだけでなく、アルカリ性の性質を持っています。油汚れが酸性である事から、アルカリ性の洗剤で中和する事によって汚れ落ちを良くする働きがあり、洗剤の機能を決める重要なポイントとなっています。洗剤の代わりに重曹が使われる事がありますが、重曹のアルカリ性と結晶質の研磨作用が汚れを落としてくれています。

 第一次世界大戦が始まると大量の兵士の制服を洗う必要が生じますが、石鹸の製造に欠かせない油脂が不足して石鹸が製造できなくなった事から、石鹸の代替品となる物が研究され、石油を原料とした合成洗剤が考案されました。

 その後、アルカリ性の洗剤はウールの製品に縮みを生じさせてしまう事から、縮ませない洗剤として中性洗剤が登場し、浴用洗剤では肌と同じ弱酸性の製品が開発され、アルカリによる中和作用よりも界面活性剤による洗浄効果が重視されるようにまります。

 当初、合成洗剤の界面活性剤としては安価で界面活性作用の大きいリン酸塩が使用されていましたが、リンは環境中では栄養素として働き、河川や海洋の富栄養化の原因となってしまい、赤潮などの環境問題を引き起こしてしまいました。そのためリン酸塩に代わる洗浄力を確保するためにゼオライトや酵素のプロテアーゼやリパーゼ、アミラーゼ、セルラーぜなどを使う技術が開発されています。

 リン酸塩に代わる洗浄成分の開発以降、洗剤は無リン化へと方向性を定め、環境に優しく洗浄力が強いというテーマの下に開発が進められています。進化を続けた結果として、今日の洗剤は充分過ぎるほどの洗浄力を備え、洗濯機や食器洗浄機では洗剤をより少なく使用して洗浄するように工夫が進められています。

 その結果として洗剤の使い過ぎが日常的に行われていると言われ、あるレポートでは平均的に使われている洗剤の量の6分の1程度が適切な洗剤量とするものもあります。洗剤の使い過ぎは経済的な負担が増えるだけでなく、洗濯機などの中に残る洗剤成分の量を増やしてカビが生える元を作ってしまい、多過ぎた洗剤は衣類の繊維に残って乾くまでの時間を長くし、バクテリアの発生を促して臭いの発生に繋がってしまいます。多めに使った方が洗浄力が大きくなりそうに思えてしまう洗剤、使い方について考え直さなければならないのかもしれません。


 



第1447回 超による復活     2010年03月19日

 世界の三大感染症というとエイズ、マラリア、結核といわれます。エイズを除けばマラリアと結核は古い感染症のようにも思えますが、毎年多くの患者が発生し、現在も増え続けている人類にとっての脅威となり続けている感染症である事は今も昔も変わっていません。

 特に結核は先進国でも拡大を続け、毎年900万人が発病して200万人が死亡するという猛威をふるい、感染者数で見れば世界の総人口の3分の1が感染していると考えられる怖ろしい感染症となっています。

 結核は長さ1〜4ミクロン、幅0.3〜0.6ミクロンという小さな棒にような形状をした細菌、結核菌への感染が原因となって発症します。結核菌は酸やアルカリへの抵抗性が高く、生命力が強い細菌ではあるのですが、紫外線にはあまり強くなく、殺菌灯を使う事で感染予防を行う事もできます。

 結核菌への感染は主に空気感染とされ、キャリアと呼ばれる感染者の咳やくしゃみなどの飛沫を通して感染が行われます。結核菌が体内に侵入すると病状は比較的ゆっくりと進み、肺に浸潤して空洞を形成し、空洞の中で増殖を開始します。そこから咳や痰に混じって空気中に菌が排出され、新たな感染者を出す事となります。

 結核の症状発生には幾つかの危険因子が考えられており、免疫力や体力の低下が発症には大きく関わってきます。現在、結核が脅威となっている背景の一つには、栄養事情や衛生面の状況が向上した事から、免疫力や体力がある程度確保され、結核に感染しても発症せずに自覚のないキャリアとなって、回りに感染者を増やしてしまうという事が考えられます。

 また、結核の怖ろしさを高めている理由のもう一つには、「耐性菌」の発生があります。人類と結核菌との闘いは特効薬となったペニシリンの発明によって決着が着いたように考えられました。そのため多くの人が結核を過去のもののように思ってしまったのですが、結核菌は投与された薬剤に対し耐性を確保する事で生き残り、感染者を拡大し続けてきました。

 結核の治療に関して第一選択薬となるイソニアジド、リファインピアシンといった効き目が強い薬剤が効かなかった場合、多剤耐性を持った結核菌に分類されます。さらに第二選択薬となるフルオロキノロン系薬剤やカナマイシン、アミカシンなどの注射薬も効果がなかった場合、「超多剤耐性結核(XDR)」と定義されます。

 この従来の薬剤での治療が極めて困難な超多剤耐性結核は世界中で感染者数を増やし続けていると考えられ、2010年3月の時点で世界58カ国で感染者が確認されています。推定で年間2万5000人が超多剤耐性結核の新たな感染者となっているとされ、超多剤耐性結核を含めた多剤耐性結核の患者数は年間44万人、死者は15万人に上ると言われています。結核がまた不治の病へと返り咲くようで不気味ですらあります。

 そうした多剤耐性の発生の理由として、適切な治療が行われていないという事が考えられます。すでに治療法が確立された過去の病気という油断から、適切な薬剤の服用が行われていなかったり、患者の自己判断で治療を打ち切ったりといった中途半端な状況の中で耐性が作られると言います。

 人が作り出した薬剤に対し、細菌達は生き残りをかけて耐性の確保を行います。人と細菌達との知恵比べのような感じもするのですが、にんにくの強力な殺菌力の中心となる成分、アリシンのように耐性を生じないものも存在するので、薬剤耐性の問題に直面するたびに自然と人との関わりをもう一度見直してみなければと思ってしまいます。


 



第1446回 美味しい工夫     2010年03月18日

 すでに一つの食文化であるかのように広く普及しているインスタントラーメンは、手軽に誰が作っても同じ美味しさになるようにさまざまな工夫がなされ、日本の製造技術の高さを伺う事ができます。ほとんどの製品は、わざわざ裏面に記載された説明書を読むまでもなく、ほぼ同じ手順、時間で完成させる事ができます。

 お湯を沸かして麺を茹で、スープを溶かして出来上がるインスタントラーメンは、実はそれが完全な美味しさとは言えない部分があり、ちょっとした事で更に美味しさを引き出す事ができます。

 インスタントを専門のメニューとして扱うラーメン店では、注文を受けてからラーメンを作り始め、完成させるまでに普段に行われている作り方とは若干違う工程があり、それがインスタントラーメンの美味しい作り方と見る事ができます。

 専門店での作り方はお湯で麺を茹でて戻しますが、通常はそのお湯にスープを溶かして仕上げるのに対し、茹で上がった麺はザルにあけて茹でたお湯は捨ててしまい、粉末のスープは丼に入れて別に用意したお湯で溶かしています。

 主流となっているインスタントラーメンの麺は、品質保持の意味も含めてパーム油などで揚げて乾燥状態にしてあります。通常の揚げ物とは異なり、インスタントラーメンのフライ麺はかなり乾燥した状態にまで油分を落としてはありますが、やはり麺の表面には油分が残り、それが麺の風味を損なっている事が考えられ、製造後に時間が経過した事による油分の酸化も風味の悪化に繋がります。茹でこぼす事でそうした油を落とす事ができます。

 麺の茹で方にも大切なポイントがあり、開発担当者の言葉によると、沸騰して溢れない程度の強火で茹でる方が美味しく仕上がるとされ、茹ではじめたら軽く解す程度であまりかき回さない方が良いという事でした。

 麺が茹で上がる頃には、用意した丼に粉末のスープを入れてお湯で溶かしておき、よく湯切りをした麺を入れて軽く全体の姿を整えて出来上がりとなります。鍋で麺を茹でて戻す際に粉末スープを加えない事で、麺への味の絡みが良くないように思えるのですが、煮立てない事でスープの風味が失われないので、かえって風味は濃い目に感じる仕上がりとなります。

 以上が美味しいインスタントラーメンの作り方となるのですが、人によっては物足りないものを感じる事があります。理由としては、麺から出て加わるはずだった油分が湯でこぼされた事で失われ、油分のコクが加わらない事が考えられます。

 その場合、ごま油を少量加えたり、辛味が好みの方はラー油を加える事でコクを得る事ができます。すべての料理に言える事ですが、一手間加える事で大いに美味しさを高める事ができます。インスタントとはいえ例外ではない事を出来上がったインスタントラーメンが示してくれ、もっと手を加える事でより美味しくする方法もあるのですが、それは若干インスタントの範疇を越えてしまう事から、またの機会にしたいと思います。


 



第1445回 白い脅威     2010年03月17日

 以前、中国湖北省のファーストフード店で食事をした18人の客に食中毒の症状が見られ、病院に搬送されるという事件が起こりました。18人は同じ症状を呈していましたが、それぞれ食べたメニューは違い、一定の食材に由来する通常の食中毒とは若干違う雰囲気が感じられていました。

 医師の診断によると18人の奇妙な食中毒の原因は杜撰な管理によって品質が低下した食材ではなく、衛生管理が劣った調理環境によるものでもなく、最も基本的な調味料である「塩」によるものとされ、この店では食塩の代わりに亜硝酸塩が使われていた事が原因とされています。中国ではそうした塩のすり替えによるトラブルが問題となり、食の安全が大きく疑問視される事例が相次いでいるとされています。

 塩というと塩化ナトリウムという単体の物が思い浮かびますが、大きく分けると食用に使用する食塩と工業原料にされる工業塩に分ける事ができます。

 日本人は塩分を摂り過ぎているイメージがありますが、一年間に日本国内で消費される塩の量は約900万トンとされ、その中で家庭で消費される塩の量は全体の2%ほどの20万トンとされています。

 味噌やしょうゆといった加工食品に使用され、最終的に食用となる塩は85万トンとされる事から、90%近い800万トンという膨大な塩は工業原料として使われている事が判り、食べない用途の工業塩の多さが伺えます。

 工業塩の多くはソーダ工業と呼ばれる塩化ナトリウムを塩素とナトリウムに分解して工業製品の原料を得る産業に使われ、低コストで純度が高い塩化ナトリウムであれば味はともかく精製過程の安全性も問われない塩が使われています。

 そうしたコストの低さに目を付けた業者によって、中国では工業塩と食塩をすり替えた「ニセ食塩」が広く出回っていると言います。本来の食塩は1kgで3元(約40円)とされますが、工業塩は半額程度で入手する事ができます。

 意図的に安い食塩を使おうとしてニセ食塩を購入する事もあれば、それと気付かずに納入されている例もあり、中には正式な塩の製造元である「中国塩業総公司」と印刷された袋に入れられ、「偽造製品に注意」「偽造製品は人体に有害です」「偽造製品を見かけたらこちらへ通報を」といった文言が記載された手の込んだ製品も出回っています。

 ニセ食塩を取扱商品の一つとしている商店主によると、すでに街中の飲食店では広くニセ食塩が普及しているが、何らかの問題が生じた事は一度もなく、安くて安全な物である事が判っているので取り扱っていると言います。そう言いながら調味料業界の偽造を知っている事から、一切外食をしないとも言います。

 同じ塩化ナトリウムだから大丈夫という見方もできますが、廃液を中和し、環境中に排出できる状態にしていくと最終的に残る酸とアルカリの化合物が塩化ナトリウムであり、それを回収して工業塩とする例も見られる事や、冒頭のファーストフード店の例のように塩と名の付く別な成分が含まれている事もあり、やはり怖いものを感じずにはいられません。見た目には同じ白い結晶質にしか見えないだけに、安全の確保という意味からも問題の根深さと対策の難しさを思ってしまいます。


 



第1444回 導入補助     2010年03月16日

 映画やドラマなどを観ていると、登場人物の部屋の中で倒れていて、近くに睡眠薬の瓶が落ちているという場面が出てくる事があります。

 多量の睡眠薬を服用して自殺を図ったという演出のためか、蓋が開いたままの瓶の近くには睡眠薬と思われる大き目の錠剤が幾つか残されていて、瓶の形状と残された錠剤の大きさ、通常の薬瓶に入れられた錠剤の数などから考えて全体の5分の4くらいの量が服用されたように感じられ、それなりの量の睡眠薬が服用されていると思えるのですが、実は大きな間違いであり、睡眠薬はそれほど致死性が高い薬剤ではない事はあまり知られていません。

 睡眠薬は正確には睡眠導入剤と呼ばれるもので、不眠の状態や睡眠の必要に応じて用いられる薬剤を指します。睡眠に入る際の緊張や不安を取り除き、速やかに睡眠に入らせる作用があり、効き目が作用し続ける時間に応じて超短時間作用型、短時間作用型、中時間作用型、長時間作用型に大別されています。

 睡眠薬の歴史は1864年にバルビツール酸という睡眠に関わりのある物質が発見された事から始まり、発見から40年という時間を経てバルビタールという商品名で発売されています。

 その後、90年近くに渡ってバルビツール酸系の睡眠薬が発売され続け、その数は数百種類にも上る数の製品が発売されたとされています。バルビツール酸系の睡眠薬は1970年代の初めまで主流となっていて、古い時代の睡眠薬の主役となっていました。

 ドラマに登場する服毒自殺に使用される睡眠薬はこのバルビツール酸系の睡眠薬の事で、作用し始める用量と致死量の境目が狭く、依存性が高い事もあって事故の発生や自殺の手段とされる事が問題視されていました。

 そんな中、1960年にベンゾジアゼピン化合物の合成に成功し、不安を軽減して精神を安定させる事で睡眠に導入する働きがある事が判ります。それまで使われていたバルビツール酸系の睡眠薬と比べてベンゾジアゼピン酸系の睡眠薬は、耐性の形成が緩やかで余程のの事がなければ禁断症状も生じないという大きな安全性がありました。

 しかも作用量と致死量の境目が大きい事から、使っているうちに効き目が弱まってきて、止めると眠れなくなったり禁断症状が出たり、知らないうちに使用量が増え、一定量を超えると死の危険性があったこれまでの睡眠薬から大幅に安全性が高まった事になります。

 このベンゾジアゼピン酸系の睡眠薬を自殺に使用する場合、致死量に達するには数百錠を服用する必要があり、物理的にもかなり難しい事が考えられるようになりました。その後、チエノジアゼピン系やシクロビロロン系、抗ヒスタミン系の睡眠薬が登場し、いずれもバルビツール酸系とは異なる安全性を確保しています。

 そのため睡眠薬を使った服毒自殺のシーンが出てくる際、そのドラマの舞台が1960年以降のものであった場合、どうしてもリアリティが薄いように思えてしまいます。ドラマの影響でいまだに模倣してしまう例が聞かされますが、いくら安全性が増したとはいえ大量摂取後はそれなりに酷い目に遭う事は確実なので、できればドラマなどでも正確に伝えてほしいと思ってしまいます。


 



第1443回 鍋と共に     2010年03月15日

 使う頻度の割には意外なほど多くの家庭に普及し、冷蔵庫などに常備されている調味料の一つに「ポン酢」があるのではと思ってしまいます。しょうゆや酢といった基本的な調味料でもなく、ドレッシングでもない液体調味料ですが、鍋料理の際などには存在感を示してくれる物でもあります。

 ポン酢の語源はポルトガル語の柑橘類の果汁を意味する「ポンス」に由来しているので、家庭に普及している柑橘果汁にしょうゆ、だし汁を混ぜて作られた調味料はポン酢しょうゆ、もしくは味付けポン酢と呼ぶのが正しいかもしれません。

 味付けポン酢という呼び名を省略した形で「味ぽん」という呼び方もありますが、こちらは最大手メーカーの登録商標であり、特定の製品を指す名前となっています。また、この最大手メーカーからは「ポン酢」の名前で柑橘類の果汁を使った製品が販売され、ポン酢と味付けポン酢が別物である事が伺えます。

 今日広く普及している味付けポン酢は、今から半世紀ほど前の博多に端を発しています。老舗酢屋の社長が博多の料亭で催された宴会に出席したところ、名物料理でもある水炊きが振舞われ、添えられた味付けポン酢の美味しさに感銘を受た事がきっかけとなっています。

 柑橘系の爽やかな酸味としょうゆ、だし汁の旨味が絶妙の組み合わせとなった調味料を味わいながら、この美味しいポン酢を商品化すれば、今よりもずっと美味しい鍋料理を家庭で楽しめるようになるはずだと考えて製品化に踏み切り、それまで料理屋で鍋料理を注文しなければ見る事がなかった味付けポン酢が家庭へと向けて出荷される事となりました。

 それ以前から存在していながらあまり知られていなかった味付けポン酢は、新たな調味料として家庭に浸透していきます。「美味しいポン酢は誰にでも作れる。オリジナルの調味料を作れ」という号令の下、徹底した商品開発を行いながら販路の開拓を行う背景には、本業の酢で決して勝てなかったしょうゆへのライバル心もあったと言います。

 発売後、西日本へは比較的抵抗なく速やかに浸透していったのですが、東日本、特に関東では拡販に苦戦を強いられる事となります。西日本では水炊きという鍋文化があり、鍋から取り出した食材を手元の調味料で味付けをして食べるという食文化が根付いていましたが、関東では寄せ鍋に代表されるように鍋の中で味付けまでが完成し、手元の調味料である味付けポン酢は必要のない物となっていました。

 熟考の末、関西地区の営業担当者は軽三輪車の荷台を屋台に改造し、早朝の市場に赴いて仕入れに訪れる小売業者に水炊きを試食させるという、当時としては型破りな作戦に出ています。社内で「朝売り」と呼ばれたこの大胆な作戦は功を奏し、徐々に販売額が上向き始めます。

 併せてスーパーなどで一般の顧客へ向けた試食販売も行い、その際、関東地区では馴染みの薄かった土鍋の販売も行い、家庭での鍋料理の楽しみ方の提案も行っています。今日では全国的に普通に見られている家庭での土鍋を使った鍋料理という図式は、この1960年代後半に根付いたと考える事ができます。

 こうして全国的に浸透し、多くの家庭で常備されている味付けポン酢ですが、手軽さや存在の身近さ、しょうゆと酢からできているという品質保持の高さから、一般家庭で気付かないうちに賞味期限が切れたままになっていた食品の上位ランクに位置していると考えられます。常備されているご家庭では今夜あたり賞味期限を確認して、鍋料理というのも良いかもしれません。


 



第1442回 健康養蜂     2010年03月12日

 伝説によると人にハチミツを得るための養蜂を教えたのは、ギリシャの神、アリスタイオスだとされ、スペインのアラニア洞窟では、約1万年前のものと考えられている壁画に蜂の巣からハチミツを採取する女性の姿が描かれていて、養蜂の歴史の古さを感じる事ができます。

 日本における養蜂のはじまりは640年代と考えられ、平安時代の記録には宮中への献上品としてハチミツの記載があり、養蜂が行われていた事を伺う事ができます。

 巣箱を使った今日のような養蜂が行われた記録は、江戸時代の紀州藩ではじめられた事が記され、その後、明治時代になって近代的な養蜂器具の導入と共に、ハチミツの収量が多い外来種のセイヨウミツバチが養蜂の主流となり、在来種のニホンミツバチは山間部などでの細々とした飼育例に留まっています。

 セイヨウミツバチはニホンミツバチと比べてハチミツの収量という点で優れているだけでなく、長い時間をかけて家畜化している事もあって、逃亡するといった性質がなく、飼育しやすいというメリットがあります。

 また、スズメバチがいない地域で進化してきた事から、天敵であるオオスズメバチへの対抗手段も持たないため、スズメバチが生息している日本では野生化しておらず、人の手による飼育が行われている場所にしかいない事もあってニホンミツバチとの交流もないものと考えられています。

 セイヨウミツバチとニホンミツバチを比べた際、病害に弱いというデメリットもセイヨウミツバチは持っています。最近の研究でセイヨウミツバチとニホンミツバチの病気への耐性は腸内細菌の違いにある事が判ってきています。

 人の場合もそうですが、腸内の有用菌(善玉菌)の働きによって免疫細胞が活性化させられる腸管免疫があり、病気を防ぐ有効な手立てとなっています。蜂の場合もそれが有効であった事が判った事で、今後、エサなどを通して病害に強いセイヨウミツバチの育成が行える可能性が出てきました。

 ローヤルゼリーやプロポリス、ハチミツ、花粉などの健康食品を届けてくれるミツバチが、今度は健康食品を食べながら頑張るという時代が訪れると思うと、少々おかしなものを感じてしまいます。


 



第1441回 蓼食う虫     2010年03月11日

 「蓼食う虫も好きずき」という諺は、個人の趣味嗜好の多様さを示し、他の植物もあるのにわざわざ辛味が強い蓼を選んで食べるという事で、若干、他の人から見ると理解しがたい好みを持つ人を指して使われています。「蓼食う虫」とは、少々変り者という感じもするのですが、その変り者に注目を集めています。

 19世紀に日本から観賞用にタデ科の植物「イタドリ」が持ち込まれた英国では、その後イタドリが野生化して問題となっています。イタドリは成長が早く、他の在来植物の生育を阻害したり、多少のコンクリートなら突き破って成長するなど、道路や建築物への損害も確認されている事から、駆除へ向けた取り組みが急がれていました。

 単なる雑草問題かと思ってしまいそうなのですが、生態系を守る大切な事であり、英国政府が取りまとめているだけでも年間の被害額は200億円近くに上るとされ、問題の大きさが伝わってきます。

 今回、そんなイタドリの駆除に注目されたのが、「イタドリマダラキジラミ」という名の虫で、タデ科のイタドリの樹液を好む体長2mm程度のセミに似た文字通り「蓼食う虫」です。

 すでに2009年の7月には採用に向けた検討が始められていて、90種類以上の植物への影響もテストされ、今回の導入が決定したと言います。決定には、非営利の研究機関が5年間にわたって行ってきた生態系への影響が少ないイタドリの駆除方法に関する研究も参考にされたそうで、イタドリマダラキジラミが別な環境被害を引き起こさない事も熟慮さてています。

 キジラミは植物の樹液を好む事から、本来は害虫として扱われる事が多いのですが、イタドリを駆除してくれるイタドリマダラキジラミは益虫として扱われ、人の都合で益害が勝手に判断される典型例とも言えます。

 海を越えて環境保護の役割を担う「蓼食う虫」に期待を寄せながら、イタドリは郷土料理の素材として地域に根差している事から、イタドリのレシピも合わせて送って、英国にもイタドリの美味しさを普及できればと考えてしまいます。


 



第1440回 仁科乙女     2010年03月10日

 春というと一面に咲き誇る桜という場面を思い浮かべ、咲き誇る桜を見ると春を思ってしまうくらい、春と桜は深い関わりを持っています。

 春に桜が咲く理由は、桜は開花の前に一定の長さの寒い期間を経る必要があるという性質が関係していて、冬があるからこそ春に桜が咲くと考える事ができます。

 もし桜のそうした性質を取り除く事ができれば、桜の開花には冬という季節の存在が必要なくなり、桜が咲く時期は春だけである事がなくなってくると言えます。

 桜の開花時期に関する性質は遺伝子によって司られています。その遺伝子に意図的に突然変異を起こさせる事で、桜が開花を始めるために寒い時期を必要としなくするという研究が行われていました。

 原子から電子を取り除いた重イオンと呼ばれる状態のイオンを光の速度の半分にまで加速したビームを桜に照射し、桜の遺伝子に突然変異を起こさせるという大掛かりで特殊な方法によって開花時期に関する要件を変更した桜の育成を行ったところ、一定の長さの寒さを必要としない桜を作り出せたと言います。

 新たに開発された突然変異の桜は、開花に一定の低温状態を必要としない事から、いつでも開花へと誘導する事が可能と考えられ、普通に野外で育成した場合、春と秋に2回の花を咲かせました。

 今後、温室でこの桜を育成して開花時期を徐々にずらしていくと、あらかじめ設定した時期に咲く桜を用意する事が可能となります。

 この新たな桜は「仁科乙女」と命名され、現在判っている事では仁科乙女はいつでも花を咲かせる事が可能ですが、一ヶ月ほどの開花の後、葉が茂って栄養を蓄える時期が必要となる事から、再び開花させるには五ヶ月が必要となるとされています。

 花を咲かせるという事は、植物にはかなりの負担となると以前聞かされた事を思い出してしまうのですが、一年中桜の花が咲いている公園があるとして、不自然な時期に咲く桜を見るためにその公園を訪れるかと聞かれると、多分、訪れて咲き誇る桜を眺め、称賛の声を上げてしまうと思ってしまいます。

 一面に咲いた桜はそれだけで見事な存在であり、春を感じるために桜を見たいのではなく、純粋に花がきれいだと思えるから他の季節でも問題ないと考えるのですが、季節に関係なく咲いている事が当たり前となった桜の花を見上げる子供達に対し、昔は桜は春の限られた時期にしか咲かず、桜の花が咲いたら春が来たと思っていたという話をする際、寂しさを感じないかと言われると、どことなく寂しいものを感じてしまいそうな気がします。春になると「桜が旬の時期を迎え...」というのも変な気がして、やはり桜は今のままで良いように思えてきます。


 



第1439回 無毒化の裏側     2010年03月09日

 青酸カリの1000倍と言われるとかなりの猛毒のような印象を受けますが、それがどのくらいのものかはあまりはっきりとイメージする事ができません。致死量が2mgと言われると、かなりの微量でも死に至る可能性がある事が判り、毒としての殺傷力がサリンと同じとなると、その怖さが伝わってくるように思えます。その毒の名前はテトロドトキシン。有名なフグの毒です。

 フグは縁起が良いように「フク」と呼ばれる事をはじめ、地域によってさまざまな呼び名で呼ばれています。その中の一つに「鉄砲魚」というものがあり、当たると死に至るという事が表現され、その毒の強力さと怖さが表わされていると言えます。

 フグが毒を持ち、安易に食べると危険である事は古くから知られ、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際は名産地の下関付近から出航する事もあり、現地にはフグの危険性を知らせる立て札が立てられたほどだというエピソードは当時を知らせる文献にも残されていました。

 しかし、フグの毒であるテトロドトキシンが正式に命名されたのは、今からちょうど100年前の1909年の事であり、日本の田原良純博士によって名付けられたという、意外と最近の事となっています。

 テトロドトキシンは不溶性の安定性が高い成分で、水や他の有機溶媒には溶けず、200度以上に加熱しても分解しないという性質を持っています。一般的な調理方法ではほとんど影響を受けず、その毒性は変わらない事が判ります。

 塩酸や硫酸、硝酸などの酸性の液体に丸一日浸していても、ほとんど変化する事はなく、高濃度の酸性かアルカリ性の液体で煮沸すると分解はしますが、それでは食材としての状態に問題が生じてしまい、現実的なフグの無毒化とは言えないものとなってしまいます。

 フグの種類によっても毒のある部位が異なり、トラフグの場合、皮や白子は無毒で食べる事ができるのですが、ヒガンフグでは皮や白子にも毒があるので食べる事ができないという例もあるので、素人判断で扱える食材ではないと言えます。

 そんなテトロドトキシンには有効な解毒剤はないとされていますが、日本人の食に対する知恵としてフグの毒を含む危険な卵巣などを糠漬けにする事で無毒化し、食べられるものとするという工夫があります。

 糠漬けに使われる糠床ではさまざまな微生物が微妙なバランスを保ち、漬け込まれた食品を熟成させるという働きをしてくれます。その中でも乳酸菌はテトロドトキシンを分解して無毒化し、本来ならば毒を含む危険な部位でも食べても大丈夫な状態にしてくれると考えられていました。

 最近の研究でフグの無毒化には、微生物はあまり貢献していない事が判ってきています。テトロドトキシンは分解されているのではなく、糠漬けにする前の段階の塩蔵の時点から回りの水分などへ流出して濃度の均一化がはじまり、糠の中でも均一化による希釈が行われて毒性が問題にならない濃度になっていると考えられます。テトロドトキシンは炭素、水素、酸素、窒素という、自然界にありふれた物だけで構成されています。いかにも微生物が好みそうな内容なのですが、無視されていたというのは意外な感じがしてしまいます。


 



第1438回 擬似は擬似?     2010年03月08日

 ホメオパシーは代替医療の一種とされ、あえて日本語に直すと同種療法、同毒療法、同病療法といった言葉が当てられていて、言葉の割には概念的な部分はあまり知られていない治療法という事ができます。ドイツのザームエル・ハーネマンによって考案され、ギリシャ語の「同じ」「苦しむ」という言葉を合わせた造語としてホメオパシーの名称は作られています。

 ホメオパシーにおける治療では、ある症状を持つ患者の治療のために健康な人に与えると、その患者に似た症状を引き起こす物質をごくわずかに与える事で症状を軽減させ、治療するという現在主流となっている療法とは異なったアプローチが行われます。

 発熱した患者の熱を下げるには、本来であれば体温を上げる物質を少量患者に与えます。物質が投与された当初は熱が上がってしまいますが、すぐに熱は下がるようになり、発熱自体を治療する事ができるとされています。

 ハーネマンがホメオパシーを考案するきっかけとなったのは、マラリアの治療に使われる薬剤、「キニーネ」を服用してみたところ、マラリアと同じ症状が出た事によるとされ、ハーネマンの著書「オルガノン」には類似の法則が記されて、類似したものは類似したものを治すという理論が語られていました。

 ハーネマンによると治療に用いる物質は限りなく希釈されるほど治療効果を得られるという事で、本人の言葉を借りると「物質的でなくなる」ほど希釈するとしていました。この希釈に関する考え方によってハーネマンの死後、ホメオパシーの流れは分裂する事となり、あまり物質を希釈しない低効能派とハーネマンに忠実な原理派に分かれています。

 また、ハーネマンによって確立された理論を忠実に守るか、新たな手法を取り入れるかといった点でもホメオパシーは大別され、ハーネマン理論に忠実なクラシカル派と新たな手法を模索するプラクティカル派が存在しています。

 ホメオパシーの特徴的な物として、「レメディー」と呼ばれる物があります。レメディーは小さな砂糖の粒に治療に用いる物質をごく低濃度になるように染み込ませた物で、4000種以上のレメディーが存在すると言われ、その中で常用され物だけでも500種とされています。

 レメディーには希釈され、非常に微量となったとはいえ体にとって毒物となる物質が含まれる事となり、毒物に対する抵抗力を意図的に高める事によってホメオパシーは治療効果を上げると考えられています。

 レメディーの効果については波長が関係するとも言われ、本質的に必要としている波長の影響しか受けないとされます。そのためレメディーは必要な時にしか効果を発揮せず、健康な人に投与しても何の効果も生じない、副作用のない安全性が高い最良の療法とされます。

 しかし、レメディーの極端な希釈は、推奨されている実際に治療に用いられる処方によっても、一単位中に一分子も有効成分となる物質が存在しない事があり、波長が合わないとされると何の変化も生じないという再現性の低さもあってホメオパシーを擬似科学、偽科学の範疇のものとする意見に繋がっています。

 先日、日本では今後予算を増額して研究すべきものとしてリストアップした中にホメオパシーを含めていました。逆にイギリスでは、研究のために何らかの予算を投じる価値のないものとホメオパシーを断じていました。どちらの政府の姿勢が正しいのか、歴史の証明を待つしかないのかもしれませんが、健康に関する事なので気になってしまいます。


 



第1437回 お茶と海苔と定番商品     2010年03月05日

 時代劇を見ていると一般の町人の家に近所の人が訪れた際、お茶でもと言って急須に茶葉を入れ、囲炉裏に沸いているお湯を注いで湯飲みにお茶を入れている場面が出てきます。実は大きな間違いで、当時のお茶は非常に貴重な物であり、庶民が日常的に愛用する事などできない物となっていました。

 当時の庶民のお茶というと茶葉を使わない白湯が中心で、贅沢に茶葉を使ったとしても今日のような緑茶ではなく、赤黒い色をしていて香りも味も薄い煎じ茶が主流でした。

 現在のようなきれいな薄緑色で芳ばしい風味の煎茶が開発され、広く普及するのは江戸時代の中期以降の事であり、京都の宇治で製茶業を営んでいた永谷宗七郎の功績によるとされています。宗七郎はお茶の歴史上、重要な人物とも言われ、その功績から宇治湯屋谷に茶宗明神として奉られています。

 その宗七郎から時を隔てた9代目、永谷武蔵はユニークな人物で、多くの画期的な新商品を開発しています。今日では広く普及しているアイスグリーンティーや昆布茶も武蔵の手によって開発された物で、細かく刻んだ海苔に少量の抹茶や食塩を混ぜてお湯で溶いて飲む、即席のお吸い物のような「海苔茶」も開発しています。

 しかし、武蔵が画期的な新商品を開発し続け、活躍した昭和の時代、日本の経済は第二次世界大戦の敗戦によって壊滅的な打撃を受け、武蔵もお茶の商売から撤退を余儀なくされてしまいました。

 その後、武蔵の息子、10代目の永谷嘉男は家名の復興を目指し、多くの努力を重ねる事となります。先代の武蔵で行き詰ったお茶の商売に代わるものを模索し続け、しょうゆに代わる新しい調味料の開発にも成功していますが、家名を再興するほどの産業には至らず、悩み続ける日々が続きます。

 そんなある日の事、嘉男は居酒屋で酒を飲んでいて空腹を覚え、仕上げに軽く食べる事ができる食事としてお茶漬けを注文しました。出されたお茶漬けを食べ、その美味しさを思いながら、こんな美味しいお茶漬けをいつでも家で食べられたら、そう考えた瞬間、父親が考案した海苔茶の事が頭に浮かんできました。

 父の海苔茶をご飯にかければ、それだけで美味しいお茶漬けになるのでは、そう考えた嘉男はすぐに試作に取り掛かり、抹茶、昆布の粉、刻んだ海苔に調味料を配合したお茶漬け用の海苔茶を作り上げます。

 何か一味足りない、そう考えた嘉男は京都に伝統的に伝えられていた「ぶぶ漬け」や「かきもち茶漬け」に着目し、小粒のあられを配合する事で食感にアクセントを加え、香ばしさを出す事にします。小粒のあられは吸湿性があった事から意外な効果も生まれ、刻んだ海苔の風味を保つ事にも役立っています。

 そこまでできあがった製品を、すべて手作業で二重にした紙袋への袋詰めから底に石灰を敷いた瓶への詰め込みまで行い、1952年(昭和27年)に初のお茶漬け海苔が完成します。当時としては画期的な製品ではありますが、価格で一袋10円と非常に高価であり、インスタントという文化も定着していなかった事から販売は苦戦を強いられます。

 東京のお茶屋を中心に嘉男自ら試食販売を行い、地道に宣伝活動を続けたところ、もともとが日本人に馴染みの深い食品であった事もあって、潜在的な需要が喚起されて徐々に売り上げは上向き傾向を示し、パッケージに使っていた歌舞伎の定式幕にヒントを得た黄色に黒、緑、赤といった鮮やかで強烈な色彩は、今日では一目見ればそれと判る見慣れた定番商品となっています。製品の中央に据えられた江戸文字の商品名も嘉男自らによるもので、初代から10代目、お茶と即席文化に与えた影響の大きさは定番商品の歴史という観点から振り返ると、実に大きなものを感じてしまいます。


 



第1436回 漬物の効能     2010年03月04日

 毎日さまざまな料理を食べていても、ふと思い出してしまうのが漬物の存在ではないでしょうか。お気に入りの漬物を用意しておいて、箸休めなどにいただいた際、どことなくほっとするものを感じるのは、やはり日本人ならではと思ってしまいます。

 漬物は野菜などのさまざまな食材を塩や酢、糠床、しょうゆ、酒粕や油などに漬け込んだ保存食であり、高い浸透圧や発酵、pHの変化などを使って熟成させる食べ物でもあります。

 保存性を高めるために多めの塩分を使うという事もあり、健康にあまり良くないイメージを持たれてしまいがちですが、意外と健康に役立つ食品であるという一面を持っています。

 一般的に漬物として接している食材には食物繊維が多く、高菜漬には4%程度、たくあんには3%、野沢菜漬には2%程度の食物繊維が含まれています。食物繊維は現代の食生活に特に不足が言われている成分であり、積極的に摂取する事が望まれるものでもあります。

 また、食物繊維は善玉の腸内細菌の発育を助ける働きがあり、漬物自体にも食材に付着していた乳酸菌が食材に含まれる糖類を発酵しながら増殖する事で腸内環境を整える働きが期待できると考える事ができます。

 乳酸菌の発酵作用は、日本の漬物の多くでは適度に抑えられるように調整され、酸味が強くなりすぎないように工夫されています。例外的に柴漬けやすぐき漬けのように酸味を強くする物もあり、世界的に見るとドイツのザウアークラフトはその代表格とも言えます。

 ザウアークラフトはキャベツの酢漬けと思われる事がよくありますが、製造段階では一切酢は加えられておらず、乳酸菌による発酵作用で発生した酸味だけで特有の味が出来上がっている事が判ります。発酵作用による酸味は消化器官を刺激し、消化吸収をより良い状態に整えてくれます。

 食材を漬け込み、漬物として仕上がるまでの複雑な発酵工程によって、さまざまな栄養素が消化吸収に優れた状態となり、新たな栄養素の発生や高い栄養価を保ったまま長期の保存が可能となります。

 塩分を気にする声は根強くありますが、一日に摂取する塩分を12g程度と考えた場合、そのうちの2gを割り当てる事で100gの白菜漬けを食べる事ができます。ナトリウムの排出を助けるカリウムも多い事から、日常生活に上手に取り入れたい食の知恵とも言えます。


 



第1435回 真空の旨味     2010年03月03日

 調理方法というと焼く、煮る、蒸す、燻すのどれかに分類されると考える事ができます。炒める、煎るなども細かく分けると出てくると思いますが、それらは焼くに集約する事ができるので、ほぼ四つの手法が調理方法として確立されていると言う事ができます。

 そうした四つの調理方法と異なる第五の調理手法があります。その調理法とは真空調理法と呼ばれるもので、1979年にフランスでフォアグラのテリーヌをいかに美味しく調理するかという研究の下に考案され、燻すという調理法が日常的に行われるものではない事から、焼く、煮る、蒸すに続く第四の調理法と呼ばれる事もあります。

 真空調理法では生のまま、もしくは表面に焼き目を付けるなどの下処理を施した食材を調味液と共に機密性に優れたフィルム製の袋に入れ、一定時間、設定された温度下に置く事で調理を完了します。

 通常、設定される温度は100度を超える事はなく、調理を終えると細菌の増殖を抑えて食中毒の危険性をなくすために、90分以内に3度以下にするという急速な冷却が行われます。

 真空で調理を行うメリットとしては、熱伝導率が悪い空気が食材の回りにない事で熱がよく食材に伝わる、加熱による食材の酸化が少なくなる、食材の旨味が逃げにくい、調味液が浸透圧によって均等に浸透する、低温で長時間かけて加熱調理する事によって肉類でも柔らかく仕上げられるなどの多くの事が考えられます。

 特に肉類は63度くらいからタンパク質が凝固をはじめ、68度あたりから水分を分離しはじめるという特徴があります。この分水作用がはじまるよりも低い温度で調理する事ができれば、これまでのどの調理方法よりも柔らかく仕上げる事が可能となります。

 フォアグラのテリーヌといった西欧料理が元になって開発された手法ですが、和食にも有効とされ、特に煮物などでは熟練した職人の味が手軽に出せるとしてセントラルキッチン方式を採用したレストランチェーンなどで使われています。

 徹底した温度管理が可能な低温調理装置を使って料理を行うという事で、どことなく大手のチェーン店か食品加工工場、研究施設のような遠い存在のように思えてしまいますが、真空にする装置と温度計があれば家庭でも行えるという実は身近な調理手法でもあります。

 調理を完了するまでに少し時間がかかるのが面倒ではありますが、温度変化が少ないように多めのお湯を用意し、最近、家庭用としても普及してきた真空パックの装置を使って調味液と食材をパックして、後はお湯の温度を56〜58度の間に保ち続けると美味しいプロ顔負けの料理が出来上がります。少々手料理というイメージとはかけ離れてはいますが、時間のある休日、試してみるのも楽しいかもしれません。


 



第1434回 小さな粒、世界へ     2010年03月02日

 日本発のメニューで世界的なものとなっている料理といえば、当然の事ながらたくさんある事は想像できるのですが、その中にあって「たらこスパゲティ」はかなりユニークな存在ではないかと思ってしまいます。

 たらこはスケトウダラの卵の事ですが、魚の卵を食べるという習慣は世界的にはキャビア程度の例しか広く知られたものがなく、かなり少数派である事が伺え、ニシンの卵である数の子やサケの卵のイクラ、トビウオの卵のトビコなど、日本の魚卵食は独自の文化という事ができます。

 そんな魚卵のたらことイタリア料理のパスタとの出会いは、意外と古く1967年にまで遡ると言われます。老舗のスパゲティ料理専門店「壁の穴」でキャビアのパスタから着想を得て、手に入りやすく比較的安価な魚卵という事でたらこを使い、お茶漬けにヒントを得て開発されています。

 お茶漬けがヒントとなったと言われると、インスタントお茶漬けブランドのラインナップの一つである「たらこ茶づけ」が思い浮かび、それを直接茹で上がったパスタにふりかけるという事がスタート地点にありそうなイメージを持ってしまうのですが、基本のレシピが解した生のたらことバターを使っている点や「たらこ茶づけ」の発売は1976年である事を考えると決定的に違う事が判ります。

 たらことバター、臭味消しの少量のレモンを合わせ、茹で上がったパスタに絡めて塩、コショウで味を調え、刻んだ海苔をトッピングするというのが基本の作り方ですが、その美味しさから瞬く間に日本国内だけでなく海外までも広がり、生クリームやチーズ、マヨネーズを使った物や、よりスパイシーにたらこの代わりに辛子明太子を使った物などの亜種を生み出しています。

 たらこスパゲティは、たらこという和の食材をパスタというイタリア料理に結び付け、和風パスタという新しいジャンルを開いただけでなく、魚卵を食べるという食文化を世界に伝え広め、隠し味として使われていた昆布茶の調味料としての利用という新たな発想を定着させたとも言え、その果たした役割の大きさには驚くものがあります。パスタに絡み付いた小さなたらこの粒に敬意を表したいと思います。


 



第1433回 日本食?     2010年03月01日

 健康的かどうかはさておき、カップ麺は日本の食文化の一つではないかと思えてしまいます。日本で生まれ、世界各地に広まりながら高い評価を受けています。

 カップ麺は、基本的には熱湯を注いで数分待つだけで調理は完了するのですが、別袋に入れられた粉末スープの素を入れる物や半生の具材の使用など、常に新しい技術と味覚が投入される新陳代謝の激しい分野でもあります。

 事前に行われた試験販売の期間を除くと、1971年に最初の製品が発売され、今日に続くカップ麺の分化はスタートを切ったといえます。先行して開発されていた袋から取り出してお湯を注ぐだけで出来る即席麺がベースになっており、欧米にセールスに行った際、丼がなかった事から紙コップを容器に使った事が着想の元となったと伝えられています。

 発売当初は調理の手軽さなどから主食としてよりも間食としての位置付けを目指しており、通常の袋タイプのインスタントラーメンの約100gという麺の設定よりも少ない70g程度の麺の設定はその際の名残という事ができます。

 カップ麺に欠かせない存在というと、内容の麺と同じくらい容器の存在が上げられます。多くのカップ麺の容器は発泡スチロールが使われ、発泡スチロール以外の素材としては紙が多く使われています。発泡スチロールや紙が使われる理由としては、安価な素材である事や形状の加工が簡単である事、軽く丈夫である事などが考えられますが、それ以外にも保温性が良く、調理を完了するまでしっかりと温度を保ってくれる事や、手に持った際に熱さを感じないという事も上げる事ができます。

 容器に関しては、最大手の商品には発泡スチロールの容器が使われ、その競合商品には紙製の容器が使われていました。紙製の容器には発泡スチロールと同程度の保温性と強度を持たせるために、容器の外側の部分をダンボール状にするという工夫が見られています。

 カップ麺が発売された当初は最大手の開発メーカーが発泡スチロール製容器の特許を取得していた事から、後発となるメーカーの間で紙製の容器が使われていたのですが、後に環境ホルモンへの懸念やゴミ問題が大きくなった事もあり、最大手メーカーでも現在では紙製の容器が使われています。

 かつては初期に発売された有名ブランドが市場の大半を占有し、ブランド名がそのままカップ麺の代名詞としても使われていました。いかし、近年原材料の小麦をはじめ、容器や輸送に使われるダンボールに至るまで、ほとんど全ての原材料が高騰した事から、売価の値上げが行われたところ大幅に売り上げが下がり、大手のスーパーなどのチェーン店が独自に展開する安価なプライベートブランドを多く見掛ける事となっています。

 以前、空港でこれから日本を離れるという外国人の方が、お土産としてたくさんのカップ麺を箱買いされているのを見掛けた事があります。また、海外の有名アーティストの中には来日した際、カップ麺を食べる事を楽しみにしているという話を聞きます。

 初めて外国へ行く事になった際、最大手のブランドの製品が現地生産されて売られているので、それを購入して食べてみる事。名前や容器のデザインは同じでも、味や内容に違和感を感じるだろうから、それを感じる事がその国の文化を理解する早道だと知人から教えられた事があります。日本から始まり、一気に世界中へと広まりながら一つの食文化へと発展した物、それがカップ麺なのかもしれません。


 



 

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