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第1515回 帯電除け     2010年06月30日

 雨の日が増え、ジメジメとした湿気の多い日が続くと、少しだけ助かったと思う事があります。冬場などの空気が乾燥した日によく見られていた静電気を気にしなくて済む事です。

 人に限らずあらゆる物には電気が存在し、通常はプラスとマイナスのバランスが保たれていますが、摩擦や強い力が加わったりすると、プラスとマイナスのバランスが崩れて「帯電している」状態になります。

 帯電状態がプラスに偏った物とマイナスに偏った物が近付くと、それぞれがバランスの取れた状態に戻ろうとして放電が起こり、静電気が発生したと言われるようになります。

 湿度が高く空気中の水分が多いと、気付かないうちに静電気は少しずつ水分によって放電されるので、派手な放電とはならないため、今の時期、静電気を気にせずに金属部品などに触る事ができます。

 静電気を起こしやすい人は帯電体質にあると言われ、ストレスや食生活の乱れなどによって血液がドロドロの状態になっている事が、帯電しやすい体質に繋がっているとされます。

 自分に照らし合わせてみると、血液関連の数値的にはほとんど異常はないのですが、コレステロールの数値だけが高い状態なので、血液の粘度は高めなのかもと思ってしまいます。

 何故、血液がドロドロの状態にあると帯電しやすくなるのかについては、血液の流れが悪くなり、マイナスの電子が不足しがちな状態になる事が帯電体質に繋がるとされますが、それに関しては若干の疑問が生じてしまいます。

 血液の状態と帯電体質については疑問を残しながら、とりあえずの対処法として乾燥した季節が訪れたら、コンクリートや木、紙、石などの電気をゆっくりと流す性質を持つ物に頻繁に触れて徐々に電気を逃がし、急激な放電が起こらないようにしなくてはと思ってしまいます。


 



第1514回 パラっとを求めて(2)     2010年06月29日

 炒飯作りについて基本的な事は理解し、意識しながらやってみても今一つうまくパラっと仕上がらない事が多いように思えます。火力の影響だけとは思えず、プロの方に聞いてみると幾つかのコツを教えられます。

 ご飯を固めに炊いておく事やザルにあけてお湯で軽くご飯を洗い、粘りを取っておく事。一人前を基本とし、多く作らない事。途中で火を弱めたり、フライパンを火から離さない事。卵を入れる際、一箇所に偏らないようにフライパン全体に広げる事。油を多めに使い、全体にまんべんなくいきわたるようにする事、といったポイントがあるらしいのですが、それ以外でも裏技という形で炒飯を上手に仕上げる方法は、多くの人によって語られています。

 古典的な方法としては、炒めながら酒を加えてご飯を解すというもので、酒によってご飯の粒がバラバラになり、酒特有の旨味成分が風味を加えてくれる事が考えられます。

 最もよく知られている炒飯をパラっと仕上げる方法は、ご飯を事前に卵に混ぜ、卵ご飯の状態にして炒めはじめるというものがあります。すでにご飯の粒が卵に包まれている事から、熱を加えられて卵のタンパク質が固まるとパラっとした仕上がりになります。

 さらに強力なところでは、マヨネーズを使って炒めるというものがあります。炒飯とマヨネーズというと、味的に無縁の存在同士のように思えますが、油と卵という炒飯には欠かせない素材で作られている事から、マヨネーズはそれほど炒飯とは縁遠い物ではない事が判ります。

 炒飯とマヨネーズの間に距離感を持たせているものに、酸味の存在があるといえます。マヨネーズに含まれる酢は、炒飯に不要な酸味と思われますが、炒飯を炒める際の熱によって酸味の中心になる酢酸は蒸散してしまい、酢に含まれるアミノ酸が旨味成分として炒飯の味に深みを加えてくれます。

 加熱された事でマヨネーズは分離をはじめてしまいますが、油は炒飯を炒める事に欠かせず、卵黄のレシチンは油分と水分の結び付きを良くして油っぽさや水っぽさを緩和してくれる事が考えられます。

 他にレトルトのご飯を温めずにそのまま使うというものもあるようですが、本来の炒飯という料理法から離れてしまう感じがして抵抗感が生じてしまいます。

 できる事なら基本に忠実にと思いながら、「金(卵)で銀(ご飯)を包みなさい」という言葉に従って美味しい炒飯を仕上げてみたいと思ってしまいます。シンプルなものほど奥が深い、そんな世界観を強く感じながら、上手に仕上がる方法について考えてしまいます、


 



第1513回 パラっとを求めて(1)     2010年06月28日

 以前、人気の上海料理店の厨房を見学させていただいた事があり、何よりその圧倒的な火力に驚かされた事があります。丸く中華鍋が収まるように作られたガス台の窪みの中に複数のガスバーナーが鍋を取り囲むように配置され、強烈な火力で鍋を加熱するように作られています。

 炒飯の注文が入り、火が入れられるとまるでジェットエンジンのような音が周囲に響きわたり、鍋をガス台に置いて音を塞いでないと、あまりのうるささに不安感する覚えてしまい、食材が熱を吸収してくれない空焚きの状態にしてしまうと、容易に鍋が溶かされてしまうようにも思えます。

 中華料理のプロとアマチュアの最大の違いは火力にあるとされ、火力の違いが中華料理の仕上がりに大きく影響すると考えられています。

 特に火力の違いが仕上げに影響する料理として炒飯の存在があり、家庭のレベルでプロの仕上がりを求める事には無理があるとされながら、中華料理の基本がすべて詰まっている事もあり、上手な仕上がりにこだわってみたいと思ってしまいます。

 炒飯の基本は強い火力で充分に中華鍋を温め、多めの油で卵を炒めて半熟になったらご飯を入れて一気に炒めます。具材を加え、鍋を大きく振りながら余分な水分を飛ばし、味を調えて一気に仕上げるのですが、家庭では火力が不足する事からどうしてもパラっとした仕上がりにならないと言われます。

 しかし、料理に使われる温度の上限は180度程度という事を考えると、それほど強烈な火力が必要という感じもしなくなってきます。大切なのは的確に熱を素材に伝える事で、熱伝導という点から考えると、普通に使われているテフロン加工の鍋は炒飯には適していない事が判ります。

 また、家庭では熱量が限られている事から一回に調理する量を少なく設定し、最大でも二人分までにしておく事も重要で、熱がご飯に充分に伝わり、水分がきちんと飛ばせる環境を用意する事も必要です。

 多めの油を使う事も重要で、しっかりと熱した油に溶き卵を入れ、一混ぜしたらすぐにご飯を入れて卵とご飯を馴染ませます。卵が油と水分の仲立ちをしてくれるので、卵でご飯の粒を包むように炒める事で理想的な状態の炒飯を作る事ができます。基本を理解し、各工程をきちんと行えば家庭でも大丈夫と言われますが、ジェットエンジンのような轟音を聞かされると、やはり火力がと思ってしまいます。


 



第1512回 贅沢気分     2010年06月25日

 最近は一段落した感じもありますが、こだわりの塩に人気が集まって、さまざまな塩を店頭で見掛ける事ができます。海洋塩から岩塩まで、採取方法の違いや微細な成分の違いによる色合いなど選択の幅も広がって、選ぶ楽しさも増えたのではと思います。

 塩を選ぶ際、採取方法や含まれるミネラル分、色合いや産地などを気にして見てしまうのですが、それと同じくらい価格も塩を選ぶ際の重要な要素となるのではないでしょうか。

 塩の価格は同じ塩、塩化ナトリウムとは思えないくらいの差があり、どのくらいの価格帯を選べば良いのかと考えてしまいます。安価過ぎては不安であり、高価過ぎては気軽に使えないという感じがして、いつの間にか中間の価格帯を選んでいました。

 塩の価格を決める大きな要因に規模というものがあります。製造や輸送、販売の規模によって価格の元となる原価が大きく左右され、原価に包装の費用や販売経路での経費や利益が上乗せされる形で塩の販売価格が決められています。

 一般的な海水から作られる食塩は年間20万トン規模の工場で生産され、1kgあたりの単価が110円程度とされ、同じ海水から作られる塩でも平釜を使った年間100トンレベルの工場で作られる塩の単価は1kgあたり2500円にもなるとされます。

 メキシコから輸入される天日塩は10万トン規模で、船で運ばれてくる事もあって1kgあたり56円程度と安価になっています。同じ輸入塩でもこだわりの岩塩などは、せいぜい20トンクラスのコンテナで運ばれてくる事から、1kgあたり800円程度とされます。

 こだわりの塩はそれなりに凝った包装が施されている事が多く、安価なポリ袋入りの塩と比べると包装費の割合も高くなってしまう事が予想されますが、それほど大量に使用する物でもなく、少量使う事で充分に贅沢な気分にさせてくれる事から、安い投資と思えてしまいます。


 



第1511回 極める偏食     2010年06月24日

 偏食とは、必要とする栄養素に偏りがある状態の事を指す言葉であり、対する言葉としては完全栄養食があるのですが、何かの食品を多く摂取する状態を指す言葉として使われる事が多いように思えます。

 1日という単位で見ると必要な栄養素は充分摂れているのですが、1食単位で見た場合、均等に栄養素の確保ができていない場合も偏食にあたるとされ、理想的な食事ではないとされますが、そうなるとほとんどの人が偏食しているのではと思ってしまいます。

 偏食というと健康を確保する上ではかなり悪い事のように言われてしまいますが、偏食のあり方と健康については、常識とされている事について疑問が生じてしまう事があります。

 アフリカの森深くに暮す原住民に主食が芋という種族があり、副食に乏しく食生活の内容を見てみると極端にタンパク質が不足している状態にある事が判ります。

 それでも健康に何ら問題はなく、生命の維持に欠かせない成分であるタンパク質抜きに健康が維持されている事に驚きすら覚えてしまうのですが、彼らがタンパク質を摂取しなくても健康を維持できる理由は腸内細菌にあるとされます。

 腸内細菌は食の内容によって構成が変わり、腸内細菌自体がタンパク質の供給源となる事が考えられます。炭水化物に極端に偏った食生活によってそれに合わせた腸内細菌に変化し、それがタンパク質の供給源に適した存在となっていた事が考えられます。

 偏食が完全な状態となっている事で身体がそれを補うように変化した例といえ、完全な偏食が健康維持を可能にした例といえます。ある意味、偏食は徹底する事が重要といえ、中途半端が悪いように思えます。何事も徹底する事が大切なのかと思えてきます。


 



第1510回 煮物違い?     2010年06月23日

 古典的な料理本を見ていると、「小に物(こにもの)」という料理が出てきて、日頃から馴染みのある煮物とはどうも別物なようで、今日とは調理に関する微妙に感覚が異なる事が伺えて興味深く思える事があります。

 煮物は和食においては登場頻度が高い料理の一つといえ、文字通り素材を煮込んで仕上げます。煮込み料理との違いは煮汁と素材を合わせていただく煮込み料理に対し、煮物は煮汁をわずかに残す程度にまで煮詰めて仕上げられるところにあります。

 煮物と同じような料理に「煮しめ」があります。厳密に煮物との違いを求めると煮しめは煮汁がない状態まで煮詰めるという点で煮物との違いがあります。

 小に物もそうした煮物の手法の違いを指す言葉で、素材の持ち味を極力生かすためにできるだけ切り分けない状態で煮上げる「大に物」に対する言葉として、素材を食べやすく切り分けて煮込む手法を指しています。

 食べやすさを優先して細かく食材を切り分けたものは「細に物(こまかにもの)」と呼ばれ、やはり小に物とは分けて存在しています。

 微妙な作り方の違いを名称を分けて区別は合理的な事ではありますが、今日とは違った料理観があるようで興味深く思えてしまいます。


 



第1509回 凹みの秘密     2010年06月22日

 赤血球というと、中心が凹んだ円盤状の細胞を思い浮かべます。血液の色の素である事から真っ赤な色をしていて、酸素を運搬するという大切な役割を担う細胞という印象で、形状のせいかあまり独立した細胞という認識は薄いようにも思えます。

 通常、細胞というと丸い球形や丸みを帯びた四角柱のような形状で、中心部には細胞にとって非常に重要な「核」が備えられています。

 赤血球にはその核が存在しない事から、中央部分の凹みもそのためかと思ってしまうのですが、赤血球の凹みには重要な機能が隠されています。

 赤血球は中央部が凹んでいる事で酸素を円滑に運搬する事ができ、微妙に変形しながら狭い血管も通り抜けて体の隅々まで移動する事ができるようになっています。

 赤血球が本来の凹んだ円盤型ではなく細長い尖った形状に変化する鎌状赤血球貧血や、丸い球形に変形する球状赤血球症といった赤血球の形状が変化する障害が生じると、酸素の運搬が充分にできなくなる事が知られています。

 充分な機能を果たすためとはいえ細胞としては不自然な形状である凹んだ円盤状は、赤血球が常に振動している事で保たれている事が判ってきています。

 赤血球は振動を続ける事で形状を維持し、体の隅々に酸素を供給するために変形しながら血管内を移動する事ができるようになっています。

 アデノシン三リン酸というと、体を動かすエネルギー源として重要な物という認識があります。赤血球の振動にもアデノシン三リン酸(ATP)が重要な役割を果たしていて、ATPが不足すると赤血球の振動が低下し、形状を維持する事が難しくなります。

 回析位相差顕微鏡という特殊な装置を使って赤血球を観察すると、細胞内のATPが枯渇すると振動が20%程度減少し、ATPを補充してやると正常に回復する事が確認されています。

 振動は赤血球の形状に直結し、形状は機能に影響します。今回の研究結果は赤血球内のATPを計測する事で血液の疾患を診断したり、治療する事ができるようになる可能性があり、今後の更なる研究が待たれます。ATPをより良く稼動させるための重要なキーワードとして乳酸の働きもあります。エネルギー代謝について見直す必要が生じてきた研究結果といえるかもしれません。


 



第1508回 生贅沢     2010年06月21日

 日中の気温が高くなってくると、夕食に一品、さっぱりとした酢の物などがあると嬉しく思えてきます。酢の物に使う食材と考えると旬の時期でもある事から、キュウリが思い浮かんでくるのですが、キュウリと相性の良い食材としてワカメの存在も欠かせないと思えてきます。

 ワカメは四方を海で囲まれた日本では、古くから親しまれてきた食材でもあり、乾燥させる事で保存性が飛躍的に高まる事から、保存食としても食べられてきました。

 海藻類は乾燥させて長期の保存を行う事ができるだけでなく、乾燥させる事で軽くなって体積も小さくなり、輸送に便利な事から早くから遠方への輸送も行われ、広い範囲で食べられています。

 ワカメもそうした海藻類の一環として食べられ、さまざまな料理の素材として使われてきました。ワカメを使った料理に関する文献では、生のワカメと干したワカメは区別され、それぞれ別々に項目を分けて記載されている例を多く見かけます。

 江戸時代前期、延宝二年(1674年)に書かれた「江戸料理集」には、「わかめ」として記載される干しワカメの料理としては「本汁、ひたし物、水和え」の三種の調理法が上げられています。

 本汁は本膳の汁物の事で味噌仕立てである事から、今日のワカメの味噌汁という感じで、ひたし物はワカメのおひたし、水和えは日本酒に梅干と削りカツオを加えて煮詰め、酢と塩で味を調えた調味料である「煎酒」を使って魚や野菜などと和えた物で、今日のワカメのサラダというところでしょうか。

 それに対し生のワカメは、「本二、三の汁、吸物、ひたし物」に向くとされ、二の膳の汁物は本膳の汁物が味噌仕立てである事に対し、すまし汁に仕立てられる事が通例で、三の膳の汁物は他の料理との兼ね合いもありますが、すまし汁に仕立てられる事が多く見られています。

 ひたし物は干しワカメにも生ワカメにも共通している料理ですが、生のワカメにすまし汁に仕立てる料理が多く割り当てられている事は、生のワカメの風味を大切にしていた事が伺えます。

 その事は生のワカメの料理法に吸物がある事からも伺う事ができ、吸物は今日のようなご飯のおかずというよりも酒宴の合間に出される箸休めのような物で、更に酒が進むように塩気を薄くして食欲をそそるように絵的にもきれいである事が要求され、風味の良さも要求されます。

 早春のワカメは柔らかく、磯の香りに満ちている事から、生の取れたてワカメの美味しさは、今日では容易に想像する事ができますが、流通が整っていない昔は貴重な物であった事は理解できます。生のワカメを貴重な高級食材として扱う例を見るたびに、今日の食事情を贅沢に思ってしまいます。


 



第1507回 必要睡眠     2010年06月18日

 子供の頃、結構大きくなるまで夜は9時くらいには寝ていました。その後、受験などの影響もあって睡眠時間は徐々に減少に向かい、かなり少ないと言われる状態になっていました。

 成長期の事を考えると睡眠時間が必要な方ではないのかとは思うのですが、いまだに自分にとってのベストな睡眠時間は見付からないままとなっています。経験的には5時間半で目覚めるとすっきりと起きる事ができるのですが、週末にはそれなりに疲れが溜まっている事を感じてしまい、必ずしもベストとは言えないものを感じてしまいます。

 よく適正睡眠時間の例に使われる事ですが、ナポレオンは4時間程度の睡眠時間で、アインシュタインは10時間以上とされ、天才と呼ばれた人達ですらバラつきがある事が伺えます。

 限られた時間の中を生きる身としては、あまり睡眠時間に多くを割きたくないとも思ってしまうのですが、絶対的に必要なものであるためだけにないがしろにする事もできず、自分にとっての必要充分睡眠時間という模索は続いています。

 人は眠らないでいるとどうなるのか、その答えは簡単で「眠ってしまいます」。絶対に眠れない状況を作り出し、睡眠を摂らずにいるとどうなるのか、その答えは「死んでしまいます」。睡眠を摂らずにいると脳細胞が著しいダメージを受けてしまい、1ヶ月ほどで死に至るといいます。

 それだけ重要な睡眠ですが、現代人の20%の人が何らかの睡眠に関する問題を自覚しているとされます。睡眠障害はそれほど大きな疾患として捉えられる事がなく、どちらかといえば軽視されがちで、自覚症状の一つでもある日中の眠気も注意力の散漫や怠け癖のように見られてしまいます。

 しかし、睡眠関連の疾患の理由の一つともなる睡眠関連の呼吸障害の患者を18年に渡って追跡調査したところ、患者の4割以上が死亡していたと言います。死亡に至った原因は睡眠不足による事故から脳梗塞までさまざまですが、睡眠は生死に関わる重要なものである事をしっかり意識したいと思います。


 



第1506回 ロール変遷(2)     2010年06月17日

 姿が少し変わり、プレミアムスイーツ化してきたロールケーキですが、やはり庶民的なスイーツである事は確かなように思えます。そんなロールケーキの由来が諸説があり、はっきりしない事は、どこか郷土料理の由来と同じような雰囲気を感じてしまいます。

 ロールケーキの原点はフランスで作られていたクリスマスのケーキ、ビュッシュ・ド・ノエルにあるという説がありますが、完成されたケーキのスタイルから中身のロール部分だけが一人歩きするという事は考えにくいものがあり、イギリスで作られていたスイスロールが元になったという説の方が適切なように思えてきます。

 イギリスで作られていたスイスロールが原点と考えると、わざわざスイスと銘打たれている事が気になってしまい、スイスに何らかの原型となったケーキが存在するのではと考えてしまいます。実際、スイスにはルーラードという薄く焼いたスポンジ生地にクリームを塗って巻き込んだケーキが存在し、それが原型になったという事が考えられます。

 日本にも似たようなお菓子があり、タルトと呼ばれるスポンジ生地で餡を巻き込んだ物がありますが、こちらは南蛮菓子を元に独自に発展した可能性があり、当時すでに作られていた伊達巻が原形にあると考える事もできます。

 ロールケーキの原点は日本にあるという説も根強く、日本で見掛けた伊達巻がスポンジを巻き込んで作るという発想の元よなったという意見もあります。少なくともスポンジ生地に生クリームという定番のシンプルな構成にしたのは、大分県の別府にある老舗洋菓子店「ニュードラゴン」が発祥とされ、その意味では日本発祥と言えなくもないのかもしれません。

 日本でロールケーキが一般化した大きな要因は大手パンメーカーから「スイスロール」として発売された事で、発売当時乳製品が高価であった事から、酪農をイメージできるスイスを製品名に使ったとされますが、イギリスのようにスイスロールではなくロールケーキが一般的な名称として定着しています。

 ビュッシュ・ド・ノエルの本場、フランスではロールケーキは「ルーロー」「ルラード」と呼ばれています。スイスのルーラードとの関連も深い事が伺え、そうなるとスイスが発祥と考えるのが自然なようにも思えてきます。お馴染みのロールケーキ、スイスが発祥の地と考えると酪農王国のイメージからクリームがたっぷりなように思え、最近の「○」の字に巻かれた物もありえるように思えてきます。


 



第1505回 ロール変遷(1)     2010年06月16日

 最近、馴染みのある物に違和感を感じています。そのある物とは大好きなお菓子の一つでもあるロールケーキで、イメージの中にあるロールケーキは薄く焼かれたスポンジ生地にクリームが塗られ、「の」の字に巻き込むように仕上げられています。それが最近よく見かけるロールケーキはスポンジ生地が「○」の字に巻かれ、中は全てがクリームでできています。

 コンビニなどで売られているプレミアムスイーツを中心に、スポンジの中を全てクリームにしてフォークではなく、スプーンで食べるという新たなスタイルのロールケーキという事ですが、巻き込むからロールケーキと思っていた身には違和感があります。

 そんな事を考えながらロールケーキを振り返ってみると、「の」の字よりも多くの生地が巻き込まれている物もあり、定番のスタイルはどのような物であったのかと考えてしまいます。

 一説にはロールケーキの起源はイギリスにあると言われ、クリームを巻いた物は「スイスロール」、ジャムを巻いた物は「ジェリーロール」と呼ばれています。

 ケーキの本場、フランスではルーロー、またはルラードと呼ばれ、クリスマスには欠かす事のできないケーキ、ビュッシュ・ド・ノエルの台にも使われています。ビュッシュ・ド・ノエルはビュッシュが「木」や「丸太」、ノエルが「クリスマス」を意味する事から、「クリスマスの薪」と訳される事もあり、丸太のような形状がロールケーキによって表現されます。

 切り分けていない長いままのロールケーキの表面を茶色いチョコレートクリームで覆い、フォークを使って筋模様を描き込んで丸太のような表面処理を行います。丸太を表現するにはロールケーキは最適な形状をしており、ビュッシュ・ド・ノエルとロールケーキは非常に深い関係にあった事が伺えます。

 ビュッシュ・ド・ノエルの起源について考えてみると、ロールケーキの謎に包まれた歴史が判るような気がするのですが、ビュッシュ・ド・ノエル自体、不明な部分を多く残している事が浮上してきます。

 何故、クリスマスに薪なのかというビュッシュ・ド・ノエルの由来についても諸説があり、定かではありません。かつて北欧では樫の木を薪として暖炉で燃やすと、一年中無病息災で暮せるという言い伝えがあったというものや、前年の冬の燃え残りからできた灰は、これからの1年の厄除けになるという縁起に関係したものからキリストの誕生を祝った際、夜通し暖炉で薪を燃やし続けたというクリスマスに関連したものまであります。

 貧しく、クリスマスに恋人への贈り物も用意できなかった青年が、せめてもの贈り物として薪の束を恋人に贈ったというエピソードや大戦後、戦災孤児となって公園で暮していた子供達がクリスマスに身近にあった薪を飾り付けた事が元になっているというものもあり、平和への祈りが込められているという説もあります。

 子供達の飾り付けが元であれば戦後、キリストの誕生は2000年前、北欧信仰であればそれ以前となります。確実にいえるのはスポンジ生地が発明されたのは15世紀の事なので、少なくともそれ以降である事だけは確かだと言えます。身近な存在のお菓子であっただけに、由来が知られていないという事には少々驚いてしまいます。


 



第1504回 酒粕の広がり     2010年06月15日

 酒粕というと鍋物の粕汁や漬物、甘酒などの材料として売られているのを見かけます。同じように酒粕として売られていても、水分量が少なく板状で売られている「板粕」や水分量が多いペースト状の「練り粕」、粒状の「バラ粕」などがあり、意外と種類がある事に驚いてしまいます。

 酒粕に良く似た物に「味醂粕」があり、文字通りみりんのもろみを搾った後に得られる事から甘味があって、もち米を含んでいるので独特な食感があり、お菓子として食べる事ができます。

 酒粕には酵母が発酵によって作り出した栄養素が豊富に含まれ、昔から体を温める健康に良い食材とされてきました。酒粕の健康効果についての研究が進むと、さまざまな働きがある事が判ってきています。

 酒粕の抽出液にはインシュリンに似た成分が含まれ、糖尿病の治療に役立つ事や体内で血圧の調整に関して大きく関わっているアンギオテンシン変換酵素の働きを抑えて、血圧の上昇を抑制する可能性があるタンパク質が6種類も発見され、治療効果に繋げられる事が示唆されていました。

 そんな酒粕の健康効果に新たな働きが期待できる事が、最近の研究で判ってきています。さまざまな病気の原因と見られている活性酸素は血液を介して全身を巡り、臓器に損傷を与える事が知られています。

 特に大量の血液が循環している肝臓はその影響を受ける可能性が高い事が考えられ、活性酸素や過酸化脂質が集まりやすい事に対する備えが重要とされています。

 肝臓では活性酸素や過酸化脂質などへの防御策としてグルタチオンと呼ばれる物質によって酸化を抑制し、酸化からの障害を防いでいます。

 酒粕の6割を占めるタンパク質を酵素で分解し、タンパク質の元となるアミノ酸が複数繋がったペプチドの状態にすると、グルタチオンに等しい働きをする事が判ってきています。

 単純に酒粕として摂ってもある程度の効果が確認されているそうですが、酒粕ペプチドの方が効果が大きいという事で今後は健康食品などへの応用も考えられます。再利用の可能性が上ってきている酒粕ですが、最近、値段が上ってきているのが気になります。


 



第1503回 洋と郷土のタルト     2010年06月14日

 タルトというと洋菓子の一種で、円形の大型の物から四角や舟形などの小さな物まで形状や大きさには多くのバリエーションがありが、共通してパイ生地やビスケット生地で器を作り、その上にクリームや果物などを盛り付けて作られています。

 古代ローマで食べられていたお菓子、「トールタ」に由来するとされ、起源はさらに古く古代ギリシアやエジプトにあるとも言われる歴史のあるお菓子であり、ジャムやクリームなどのゲル状の物を食べやすくするために、食べる事ができる器に盛り付けるという発想が原点にあるとされます。

 世界的に広く親しまれたタルトですが、日本には全くスタイルが異なり、似ても似つかないタルトというお菓子が存在します。いわゆる郷土菓子に類する物で、愛媛県を中心とした地域で昔から食べられていました。

 愛媛県松山市に伝えられる郷土菓子のタルトは、薄く焼くか焼いた物を薄くスライスしたカステラ生地に餡を巻いて作られていて、形状から見るとロールケーキの一種としかいえないのですが、お茶菓子や土産物、贈答品として普通にタルトとして親しまれています。

 郷土菓子タルトの語源については、オランダ語のケーキを意味する言葉、タアルトが発音も一致する事からオランダ語由来とする説や、ポルトガル語のケーキを指す言葉、トルタに由来するのではと考えられています。

 元々の洋菓子タルトの語源、トールタが焼き菓子を意味する事を考えると、同じ語源を持っていても良いかもしれないと思ってしまいます。

 郷土菓子タルトは江戸時代、松山藩主の松平定行によって長崎から伝えられたとされます。長崎探題の職を兼務していた定行は正保4年(1647年)、長崎にポルトガルの船が入港したという知らせを受け、海上警備のために急遽長崎入りをします。

 外国船の入港という事で当初は緊張感に包まれていましたが、実際のところはポルトガルの統治者が代替りした事を知らせにきただけの事だったので、大した混乱もなく和やかに会談が行われました。その際、振舞われた南蛮菓子の美味しさに衝撃を受けた定行は製法を教わり、松山に持ち帰って再現しています。

 そのお菓子はカステラの中にジャムが入れられた物であったと考えられていますが、定行は身近にあった素材を使って南蛮菓子をアレンジし、独自のお菓子を考案したのが今日の郷土菓子タルトだとされます。

 その後、松平家の家伝として伝えられましたが、明治になって製法が地元の菓子司に伝えられ、愛媛の銘菓となり今日に至っています。ポルトガルに端を発するのであればトルタが由来のようにも思えてきます。

 当地熊本の天草にも酷似したお菓子があり、「あかまき」と呼ばれています。長崎からはじまった物であれば、その通過点として島原を経由し、天草という事も納得がいきますが、表面に餅菓子の一種、「すあま」が巻かれています。洋菓子のタルト、郷土菓子のタルト、天草のあかまき。深く掘り下げてみたい欲求にかられるお菓子達です。


 



第1502回 カストリと粕取り     2010年06月11日

 林忠彦の小説に「カストリ時代」というものがあり、第二次世界大戦後の混沌とした時代が舞台となっており、実際、その当時の事をカストリ時代と呼ぶ事があります。

 カストリ時代のカストリとは戦後の極度に物資が不足した状況の中、闇で流通していた粗悪な密造焼酎の俗称とされ、日本酒を製造した後の酒粕を蒸留し、残留しているアルコールを回収していた事から「粕取り」が語源となり、中には有害なメチルアルコールを水で薄めただけという粗悪な物も含まれ、そうした物が出回っていた混乱した時代を指す言葉となっています。

 そのためカストリというとあまり良いイメージがないというか、出所の知れない粗悪で事によっては有害な物という感じがしてしまいますが、「粕取り焼酎」は伝統的に行われてきた正式な焼酎の製造法の一つともなっています。

 粕取りは、素材を発酵させたもろみから取る焼酎とは別の製造方法であり、清酒を仕込んで搾った後の酒粕から得られる焼酎として九州の北部を中心に製造法が発達し、全国の酒造蔵でも製造された例が見られるといいます。

 江戸時代に記された「本朝食鑑」には、「焼酎は新酒の粕を蒸篭で蒸留して取る」と記載されているように、今日のように焼酎の醸造だけを目的として酒造りが行われるもろみ取りの酒造方はむしろ少数派であった事が伺えます。

 粕取り焼酎の製造法については、新酒の製造に合わせてできた新しい酒粕をそのまま蒸留する方法と、酒粕に籾殻を混ぜて通気性をよくして蒸留の効率を上げる方法などが伝えられ、新しい酒粕をそのまま蒸留した物を吟醸粕取焼酎、籾殻を使った物を正調粕取焼酎と呼んで区別していました。

 大切な儀式と結び付いたものもあり、酒粕を貯蔵しておいて田植えが終わる頃に蒸留し、田植えが終わった後に行われる早苗饗(さなぶり)と呼ばれる祭りで振舞われる「早苗饗焼酎」として飲まれていて、蒸留された後の酒粕は肥料として田に撒かれていました。

 今日ではホワイトリカーが主流となっていますが、日本中で広く行われている梅酒作りのベースとなるアルコールやみりんの原料、日本酒を辛口に仕上げる際の柱焼酎。時代劇などで見かける傷口の消毒に使われる焼酎なども、かつては粕取り焼酎であったとされます。

 カストリと混同されてイメージが低下した事や、特有の風味が時代の嗜好に合わなかった事が需要の低迷に繋がり、粕取り焼酎の製造が行われなくなってしまったとされますが、焼酎ブームによって販売が低迷している日本酒の製造メーカーが粕取り焼酎に再び目を向けてきていると聞きます。

 混沌とした中を生き抜き、明日を掴もうとする独特のエネルギーを感じるカストリ時代と、メチルアルコールによって失明したり命を落としたりという怖ろしげな話を聞かされるカストリ焼酎。変化を続ける酒税法と洋酒や焼酎の需要に押され、低迷を続ける日本酒と、日本酒の製造メーカーが復興に目を向け始めた粕取り焼酎。似ているようで全く違う両者に、どこか興味深いものを覚えてしまいます。


 



第1501回 塩分の役割     2010年06月10日

 生活習慣病の予防という観点から、さまざまな食品が減塩されるようになって久しく感じています。最近ではあえて減塩と表示されなくても、昔と比べてずいぶんと塩分が減らされてしまった食品も多いように思えます。

 保存食としての一面を持つハムも塩分は欠かせない食品でしたが、最近ではやはり減塩の対象になっているようで、従来よりも大幅に塩分を減らした製品が出回るようになっています。

 食品の流通の発達や家庭への冷蔵庫の普及を思うと、保存食としてのハムの必然性は薄れてきたように思えます。その分、保存を目的とした塩分の必要性も少なくなってくるのですが、塩分にはそれ以上に重要な働きがあります。

 塩を加える主な目的は「塩味を付ける」「保存性を向上させる」というものが考えられますが、それ以外の目的として「保水力を高めて食感を良くする」というものがあります。

 肉に塩を加える事で、肉の中から塩溶性のタンパク質が溶け出してきます。塩溶性のタンパク質は熱処理を施した際、水と脂肪分を包み込み、ハム特有の食感を生み出します。ハム特有の弾力を持つ肉の組織が結着した食感は、塩によって溶け出したタンパク質によって作り出されています。

 塩溶性タンパク質が果たす役割はそれだけではなく、肉のタンパク質が溶け出した事で酵素が働きやすくなるという事も上げる事ができます。酵素が働く事でタンパク質が分解され、アミノ酸やペプチドといった旨味も多く形成され、熟成された風味も作り出されていきます。

 塩分をひかえてしまうと、この塩溶性タンパク質の働きが円滑にいかなくなり、旨味を補うために調味料が多めに必要になったり、結着剤が必要になったりします。

 また、塩を使うのであれば天然塩の方が良いように言われてしまいますが、塩化ナトリウムとしての純度が高い方が塩溶性タンパク質が溶け出す効率が高くなっています。そのため天然塩を使うよりも精製塩を使う方が効率よく旨味を引き出す事ができ、余分な塩辛さを感じにくくなります。

 塩を制する者は料理を制すると言われますが、改めてその奥深さを感じながら減塩の意味について考えさせられてしまいます。


 



第1500回 天下人の瓜(2)     2010年06月09日

 天下人も真似をするほど行商が一般的となっており、最も上等な瓜と評された甜瓜。明治時代になって岐阜県の真桑村から良質の品種が産出された事から、マクワウリと呼ばれるようになり、果実の表面が黄金色に見える金マクワと緑色に銀色に見える縞模様がある銀マクワなどが親しまれていました。

 親しまれていたとは言っても昭和30年代くらいまではマクワウリは大変なご馳走で、庶民では年に数回しかお目にかかれない物であったとされます。

 それだけ貴重で憧れの存在だったマクワウリが、今日のように農産物の栽培技術が向上し、輸入もされるようになったのに店頭に溢れる事がなく、ほとんどマクワウリという存在自体忘れられつつあります。

 古代に中国から朝鮮を経由して日本へ入ってきたマクワウリは、弥生時代の遺跡からも種が見付かるほど古くから優れた甘味として親しまれ、万葉集にも有名な山上憶良の歌として登場してきます。

 中国や韓国では今でも親しまれているマクワウリですが、日本ではほとんど食べられなくなり、姿を消してしまった事にはある理由があります。

 マクワウリは名産地となった真桑村の周辺に限らず、全国的にも広く流通していました。お盆にはご先祖様にお供えする果物として大切な存在となっており、夏を代表する味覚ともなっていました。

 農産物や花の種や苗を販売し、品種改良の研究にも取り組む大手種苗販売会社の創業者が外遊先で、当時日本ではほとんど知られていなかったマスクメロンと出会い、その美味しさに衝撃を受けます。

 何とかマスクメロンの美味しさを再現し、気候風土が異なる日本でも容易に栽培できるメロンはできないかと考え、目を付けたのがマクワウリとの交配でした。試行錯誤を繰り返し、マクワウリとの交配を重ねた結果として甘味の強い新種のメロンが誕生します。

 マクワウリとしての特徴であった縞模様や鮮やかな黄金色、サクサクとした食感は失われてしまい、緑色の固い表皮で覆われてしまいましたが、とろりとした柔らかな甘い果肉を得る事ができ、目指したマスクメロンに似た物を作り出す事ができました。

 マクワウリとの交配によって新たなメロンが誕生した年、皇太子が結婚した事もあってそれを記念して「プリンス」の名前を与え、今では広く見られるプリンスメロンが誕生しました。

 日本に根付いていたマクワウリをベースにしていただけあって、プリンスメロンは栽培しやすく、瞬く間に栽培が広がって価格も安価に安定供給されるようになります。

 甘味が強く、メロンという西洋から訪れた瓜よりも高級感のある名前を持ち、安価で気軽に購入できるプリンスメロンは、その後の日本人を虜にしてしまい一気にマクワウリを席巻してしまいました。

 こうして天下人の瓜、マクワウリは天下人が現代の私達にとって過去の人であるように、昔々の存在となってしまいました。今日、瓜として食べる物が甘味とはかけ離れた存在である事から、瓜を甘露と称する事には抵抗を覚えてしまいますが、機会があればマクワウリを試食して仮装した太閤殿下に思いを馳せてみたいものだと思ってしまいます。


 



第1499回 天下人の瓜(1)     2010年06月08日

 時代は安土桃山、天下を手中に収めた豊臣秀吉は、さまざまな趣向の茶会を開いた事が記録に残されています。そんな茶会の中に参加者が仮装して出席するというものもあったといいます。

 戦の数は減ったとはいえ、名だたる戦国大名が普段とはかけ離れた姿で参加した茶会は非常に盛大なものであり、秀吉の権勢を伺わせるものであったとされます。

 そんな大茶会に奇妙な行商人がいました。行商人は「瓜」を売って歩いていて、仮装茶会でなければとてもその場に似つかわしくない存在でした。その行商人こそが天下人の秀吉で、瓜の行商人に扮して茶会に参加していたとされます。

 それからしばらくして朝鮮出兵を控え、渡海を前にした九州の名護屋城で茶会が催され、その中で徳川家康は仮装茶会の際の秀吉を真似て瓜の行商人に扮して登場しています。

 「瓜はいかがじゃの、味よしの瓜、召され候え」との口上で売り歩く姿は、茶会においては奇異かもしれませんが、当時はありふれた姿であったと考える事ができます。

 二人が扮した行商人が売り歩いた「瓜」とは何であったのか。茶会から後の時代となりますが、江戸時代に入ってから書かれた宮崎安貞の「農業全書」(1697年)には、当時瓜として扱われていた作物の幾つかが記載されています。

 当時瓜類として扱われていた作物は、黄瓜(きゅうり)、甜瓜(あまうり)、菜瓜(つけうり)、越瓜(あさうり)、冬瓜(とうがん)、西瓜(すいか)、南瓜(かぼちゃ)、糸瓜(へちま)があったとされ、甜瓜は今日のマクワウリの事で、菜瓜はアオウリ、越瓜はシロウリの事を指しています。

 それらの瓜類の中でも特に評価が高く、人気があった瓜が甜瓜、現代のマクワウリであったと言います。「甜瓜は上等の瓜で、唐瓜とも言い、暑気を払い、喉の渇きを止め、二日酔いによく効くと重宝がられている」と記載され、「小瓜は甘く、大瓜は甘味が少ない」と評され、欲張って大きな瓜を選ぶべきではないと記されています。

 当時の甜瓜は「甘露」と称されるほど甘味のある食べ物として好まれ、京都の東寺や鳥羽などで盛んに栽培されていました。明治時代に入って岐阜県の真桑村で良質の品種が産出された事から真桑の名前が付けられる事となり、マクワウリの名前が一般的になっています。

 今日、メロンをはじめ甘味の強い果物を知ってしまった私達にはそれほどインパクトのある果物ではないとされますが、当時はかなりの貴重品となっていました。昔の雰囲気を感じさせる品種として「北海甘露」があるそうですが、天下人も扱った大変なご馳走というより昔の質素な生活を感じさせるものとなるのかもしれません。


 



第1498回 保水の工夫     2010年06月07日

 これから暑くなる季節を迎え、茹で上がった麺を冷水でしめて冷やしためんつゆでいただく、冷たい麺も良いものだと思ってしまいます。その場合の麺は何が良いかと考えてしまうのですが、そばや素麺、ひやむぎよりも透明感のあるうどんが良いように思えてきます。

 家庭でうどんを食べる際、麺の選択には幾つかが考えられ、身近な乾麺や茹で麺、生麺から自分で手打ちをするものまで上げる事ができます。最近では冷凍の麺という選択肢も加わり、本格的なうどんの美味しさを手軽に味わう事ができます。

 冷凍麺が美味しくなった背景には、麺自体を作るの製麺技術や茹で上った麺を急速に凍結させる冷凍技術の向上がありますが、それ以上にデンプンの存在があり、水分を加えて加熱すると糊化しやすく、抱水力に優れたタピオカのデンプンが使われています。

 うどんは小麦粉と塩、水といったシンプルな素材だけで作られ、中でも重要なのが小麦粉の存在で、小麦粉にはタンパク質がそれほど多くない中力粉が使われいます。

 小麦粉のタンパク質にはグリアジンとグルテニンが含まれ、水分がある状態でその二つが結び付くと「グルテン」が形成されます。うどんの美味しさはこのグルテンの状態に大きく左右されます。

 グルテンをより良い状態にして麺の生地に弾力性を持たせるにはうどんを熟成させる必要があり、その熟成を助けてくれるのが小麦粉に含まれる酵素の働きとなっています。

 うどんに塩を加える理由の一つは、酵素の働きをコントロールするという事が考えられます。うどんを打つ際、温度が上がり過ぎると酵素の働きが高まり過ぎてしまい、柔らかく歯応えのないうどんになってしまいます。

 逆に温度が低いと酵素が充分に働かず、うどんの熟成が進まなくなってしまいます。それではうどんの美味しさが充分に発揮できず、そうした加減が難しい酵素の働きを塩によって抑え、ミネラルによって促進してコントロールしています。

 水の存在も重要で、グルテンの形成には欠かす事ができず、うどん作りでは軟水で弱酸性の水が向いているとされ、弱酸性の水を使う事で歯切れの良い麺に仕上がります。茹で上がった麺の半数、50%以上は水分で占められています。

 それだけ多く含まれている水分を上手に保水し続ける事が麺の美味しさを保持する事に繋がり、タピオカのデンプンはその保水をより良く行ってくれる素材となっています。

 タピオカというと糊化させて容器の中で回転させながら、丸い粒上に仕上げたタピオカパールを中華のスイーツなどで見かけますが、最近ではワラビ粉の代わりにワラビ餅の原料にも使われています。麺の食感の改善は、特性を上手く活用した利用例といえます。


 



第1497回 油落とし     2010年06月04日

 パスタを茹でる際、茹で上がったらザルにあけてしまうので茹で汁はそのまま捨てられてしまいます。茹で汁が流れていく経路に油汚れが付いた皿などがあると、意外なほど油汚れが落ちている事に気付く事があります。

 同じような事は米の研ぎ汁でみ見る事ができ、米の研ぎ汁もそのまま流して捨ててしまいますが、油汚れを落としてくれる力を持っています。

 パスタの茹で汁や米の研ぎ汁が油汚れをよく落としてくれるのは、小麦や米に含まれるサポニンと呼ばれる成分のお陰で、サポニンは石鹸を意味するシャボンと同じ語源を持つと言われると、強力な洗浄力にも納得がいきます。

 石鹸などの洗浄力の元となる界面活性剤は長い分子構造の一端に油と結び付きやすい親油基を持ち、もう片方に水と結び付きやすい親水基があるので、油を皿から浮かび上がらせて水の中に取り込ませる事で油汚れを落としてくれます。

 サポニンというと健康食品の材料として扱われ、高麗人参や大豆に含まれている事が広く知られていましたが、植物の多くのものに含まれています。

 身近なところではお茶にも含まれていて、抹茶を入れる際、茶せんでお茶を立てると細かな泡を生じ、味にまろやかさが加わる事や、ペットボトルに入ったウーロン茶を振ってしまうと表面に泡が立ちますが、いつまでも泡が消えないのもサポニンの働きによります。

 サポニンの強力な界面活性作用だけで油汚れが落ちているかというと、実はそうでもない部分があり、パスタの原料である小麦粉に含まれるデンプンの働きも大きく貢献している事が考えられます。

 水を含み加熱されたデンプンは糊化と呼ばれる粘りのある状態になり、油汚れを吸着して洗い流す作用を発揮してくれます。塩を入れたお湯で茹でている事から、水の沸点である100度以上の高温になっている事も油浮きを良くしてくれ、お湯に溶け込んだ食物繊維も油を吸着してくれる事から、より油汚れをよく落としてくれます。

 いつもは流しにそのまま捨ててしまうパスタの茹で汁ですが、細かな成分ごとの働きを見てみると急に惜しく思えてきます。有効利用と思っても高温で危険な状態にあるので、なかなか使いにくいものがあります。


 



第1496回 古式とは?     2010年06月03日

 「そば」というと昔は手早く食べられるどこかファーストフードのような言われ方をする事もあったのですが、いつの間にか高級感が付いてきてこだわり色の強い食べ物のように言われる事も増えてきたように思えます。

 そんなそばの中でもさらにこだわり色を強くしたような感じで、「古式手打ちそば」なるメニューを見かける事があります。いつもこの古式手打ちそばという言葉を見かけるたびに、「古式」とは何を指すのかと不思議に思えてきます。

 古式とは昔から行われ続けてきている習慣や方法、昔からのしきたりや古来の方式を指す言葉なので、「手打ち」の部分に掛かるのであれば昔ながらの打ち方によるそばという事になり、そばの打ち方には時代による変化はそれほど生じていない事から手打ちで作られているそばは古式手打ちそばとなってしまいます。

 他に何か違う事があるのではと考えながら見てみると、古式手打ちそばは通常のそばよりもほとんどの場合、黒っぽい色をしています。色の違いから原料となるそば粉に違いがあり、昔ながらの製法で作られたそば粉が使われている事が古式という言葉に繋がっているのかと考えます。

 そばの実を石臼で挽いてそば粉にする際、そばの実は胚乳や胚芽、種皮など固さが違う層によって構成されている事から、挽き始めは胚乳の中心部分の柔らかい部分が粉となって出てきて、続いて胚乳の周辺部分の固めの層と胚芽の一部が出てきます。

 三番目に胚乳と胚芽の固い部分と種皮の一部が出始め、薄い青緑色のきれいな色と非常に高い栄養価、強い香りが特徴ですが、あまり味と食感という点では評価されていない三番粉が得られます。

 最後に胚芽の固い部分と種皮による黒っぽい「末粉」と呼ばれる粉が得られ、強い風味を持ちますが味と食感は劣り、主に乾麺などに使われています。古式手打ちそばの色合いを見ていると、この末粉や三番粉が含まれている事が考えられ、一番粉である更科粉や二番粉といった分割を行わずにすべての粉を混ぜて使っている、それが古式のゆえんではないかとも思ってしまいます。

 そばの歴史を考えてみると、現在主流となっている細く切り分けられた麺の状態にして食べる「そば切り」が文献に登場するのが江戸時代の初期とされ、実際の登場がその前と考えると安土桃山時代かその前の室町時代の事となりますが、そばの長い歴史を振り返ると古式と呼べるほど古い事ではないように思えてきます。

 そば切りが登場した当初は、今日のようなめんつゆを使って食べるというより、生醤油を大根の搾り汁で薄めて食べるという事が行われていました。そばの調理法にしても今日のような「茹でる」はなく、蒸篭で「蒸す」という事が行われていたので、それを踏襲していれば古式と言えるように思えます。

 明確な定義が存在しない事から、いろいろと考えてしまう古式なそばですが、一番粉の更科粉とは違った雑多な部分を含む粗野なそば粉を使った風味豊かなそばと、生醤油と大根の絞り汁のめんつゆ、蒸篭で蒸した調理法を採用していればそば切りが登場した頃と同じと考えられるので、古式と言えなくもないと思えてきます。深い世界観を持つそばですが、細かく見ていくとその深さに驚かされてしまうものがあります。


 



第1495回 分子ガストロノミー?     2010年06月02日

 食材を料理して美味しく食べられる状態にする調理は、日常的で身近な事ではありますが、細かく見ていくと科学的な部分が大きく関わっている事が判ります。

 そうした調理の過程で起こる食材の変化に関する仕組を分析し、解明して科学的な見地から数値化して記録する事は「分子ガストロノミー」と呼ばれる科学的学問分野として確立され、分子美食学、調理科学と呼ばれる事もあります。

 郷土料理などにおいてよく見られるのですが、経験や勘、伝承などによって曖昧なまま調理法が伝えられている事があります。分子ガストロノミーでは食に関するあらゆる分野で、食材に起こる変化を観察し、変化が起こる原因と最良の結果が得られるような考察を行い、応用技術の開発へと繋げていきます。

 分子ガストロノミーの成り立ちは新しく、1992年にイタリアのエーリチェに科学者と料理の専門家が集まり、伝統的な料理を科学的に分析して論議する研究会を開催した事に端を発するとされ、それまでは科学と調理が別々の道を歩んでいた事が伺えます。

 毎日行っている調理は、さまざまな化学変化の組み合わせによって成立しているのですが、改めて科学的な検証を行うと経験的に行ってきた事でも意外と効果がない事が判ってきています。

 青物の野菜を茹でる際、色よく仕上げるためにお湯に塩を入れますが、実は塩を入れなくても効果が変わらない事や、肉を焼く際、最初に表面を強火で焼いておくと肉汁が閉じ込められて美味しく仕上がるという事についても、焼き目から肉汁が染み出すので効果がない事など、日頃常識として行ってきた事が迷信に過ぎなかった事が報告されています。

 形式化、数値化する事で経験や勘に頼っていた部分が明確になるのですが、数字がはっきりしているレシピを使っても味に個人差が生じてしまいます。微妙な違いが仕上がりを左右してしまうと思ってしまうのですが、その微妙な違いを認めてしまう事が科学的ではないと指摘されそうで、どうしても料理と科学を分けて考えてしまいます。


 



第1494回 美味利用     2010年06月01日

 パスタ料理を作り際、たっぷりのお湯でパスタを茹で、茹で上がる時間に合わせてソースを準備します。パスタソースはさまざまなバリエーションがありますが、シンプルなオイル系のソースなどの場合、特にパスタの茹で汁を加える事でより美味しく仕上げる事ができます。

 麺類を茹でる際の茹で汁を利用する例はあまりなく、身近なところでは蕎麦を茹でた際の「蕎麦湯」が思い浮かびます。蕎麦は麺を手打ちしながら層状に重ねていく過程で、重なった部分がくっついてしまわないように打ち粉として蕎麦粉を使い、切り分けた麺同士も塊になってしまわないように表面に蕎麦粉が付着した状態になっています。

 蕎麦を茹でるとそうした蕎麦粉がお湯に混ざり、茹で汁にはわずかなとろみが加わって、蕎麦粉や麺から溶け出したミネラル分を多く含む旨味に満ちた蕎麦湯となります。

 蕎麦湯はそのまま蕎麦の旨味を味わったり、辛めのめんつゆを薄めていただいたりという使い方をしますが、パスタのように炒める際に加えるという使い方はしません。和食の調理法に油を使った炒めるという調理法が少なく、事前に用意したソースに茹で上がった蕎麦を絡めるという料理がない事が理由ではないかと考えられます。

 パスタソースに茹で汁を加える理由については、大きく分けて3つが考えられます。1つめはソースに旨味を加えるというもので、蕎麦同様、パスタの茹で汁には小麦粉から溶け出した小麦由来の旨味が豊富に溶け込んでいます。それをソースに加える事で味に深みを持たせるという事が考えられます。

 次にソースに塩味を加えるという事も考える事ができます。ソースの味付けの基本は塩味にあり、直接塩を加えたり、塩味を含んだアンチョビやパンチェッタ、チーズなどの素材の塩分を利用したりする事もありますが、ソースの基本となるオイルには塩分が溶け込みにくいという性質があります。

 パスタ料理に使われるオリーブ油に限らず、油分には塩分が溶け込みにくいという性質があります。油分に塩を加えてかき混ぜてみると驚くほど溶けが悪く、温度を高めても溶けにくさが変わらない事に気付きます。

 わずかな量の塩分が油分に溶け込み、塩味を付けるように感じますが、正確には油分の中を塩分が遊離しているだけで、時間が経つと塩は結晶化し、沈殿して塩味がなくなってしまいます。茹で汁を加える事で塩分がソースに均一に加わり、ソースの味付けを完成したものとしてくれます。

 3つめの理由は、ソースを乳化させるというもので、乳化される事でソースは滑らかでジューシーな仕上がりになります。水と油は決して混ざり合う事はありませんが、水と油が混ざった状態、乳化させる事で味が溶け込む水分とコクを加える油分が均一に混じり合い、完成されたソースが仕上がります。

 乳化には水と油を混ぜ合わせるための界面活性剤が必要で、食品由来の界面活性剤としては。卵黄や大豆に含まれるレシチンがよく知られています。パスタの茹で汁には界面活性剤は含まれませんが、小麦の繊維分やタンパク質のグルテンが多く含まれていて、その繊維分が水と油を仲介して乳化させてくれます。

 科学的な検証というより経験的に確立された美味しく仕上げる工夫といえますが、パスタに含まれる小麦の旨味を上手に使う理に適った事となっていて、一手間が美味しさを増してくれる料理の面白さとなっています。


 



 

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