にんにく卵黄本舗トップへ にんにく卵黄本舗トップへ

にんにく卵黄本舗トップへ ショッピング 会員様ご案内 サポート 会社案内 個人情報保護 サイトマップ
昔ながらの にんにく卵黄    
私たちの原点    
安心保証

 
ショッピング  
お客様の声  
 

コラム検索:
過去のコラム

コラム一覧

 <月別>

2010年11月

2010年10月

2010年09月

2010年08月

2010年07月

2010年06月

2010年05月

2010年04月

2010年03月

2010年02月

2010年01月

2009年12月

2009年11月

2009年10月

2009年09月

2009年08月

2009年07月

2009年06月

2009年05月

2009年04月

2009年03月

2009年02月

2009年01月

2008年12月

2008年11月

2008年10月

2008年09月

2008年08月

2008年07月

2008年06月

2008年05月

2008年04月

2008年03月

2008年02月

2008年01月

2007年12月

2007年11月

2007年10月

2007年09月

2007年08月

2007年07月

2007年06月

2007年05月

2007年04月

2007年03月

2007年02月

2007年01月

2006年12月

2006年11月

2006年10月

2006年09月

2006年08月

2006年07月

2006年06月

2006年05月

2006年04月

2006年03月

2006年02月

2006年01月

2005年12月

2005年11月

2005年10月

2005年09月

2005年08月

2005年07月

2005年06月

2005年05月

2005年04月

2005年03月

2005年02月

2005年01月

2004年12月

2004年11月

2004年10月

2004年09月

2004年08月

2004年07月

2004年06月

2004年05月

2004年04月

2004年03月

 

« 2010年09月 | コラムトップへ | 2010年11月 »

第1591回 器違い     2010年10月29日

 「江戸患い」と呼ばれ、当時は原因不明の死に至る事もある怖い病気とされた脚気は、意外な食べ物が予防に役立っていたと考えられます。その食べ物とは江戸庶民が好んで食べていた蕎麦で、江戸時代の後期には現在の東京の8倍に相当する人口比の蕎麦店が存在していたと言います。

 それだけ蕎麦が江戸庶民に受け入れられた理由の一つは、蕎麦の食べ方に起こった革命的な変化があります。日本人と蕎麦との関わりは縄文時代にまで遡る事が確認されていますが、それまでの食べ方というと蕎麦を粉に挽き、蕎麦がきや蕎麦飯として食されていました。

 蕎麦は小麦のように粉に挽いて加水し、捏ねてもグルテンを形成しない事から麺のように細い形状にする事が難しく、食べ方が制限されていたのですが、寛永年間に朝鮮の高僧、元珍が小麦粉をつなぎに加えて麺状にする製法を南都東大寺に伝授してから蕎麦は麺類として急速に普及していきます。

 茹で上げるまでの時間が短く、手早く食べる事ができてたくさん食べても消化が良く、胃もたれしにくい事からすぐに仕事にかかれるなど江戸庶民の気質に合っていた事が考えられ、江戸時代を境に蕎麦の食べ方は多彩なバリエーションを見せる事となります。

 そんな蕎麦のバリエーションの中には、良く似ていながら微妙な違いで名前が異なる物が多く含まれていて、解らないまま注文してしまっている事も多々見られ、いつか細かく調べておかなければと思ってしまいます。

 「もり蕎麦」と「ざる蕎麦」、「せいろ」は同じように竹のざるに蕎麦を盛り付けて供せられ、あまり違いがあるようには見られません。元禄年間、皿に乗せた蕎麦に麺つゆをかけて食べる「ぶっかけ蕎麦」が流行しました。蕎麦猪口に入れた麺つゆに蕎麦を漬けて食べる蕎麦をぶっかけ蕎麦と区別するために、高く盛り上げる形式から「もり」と呼ぶ名前が使われるようになりました。

 もり蕎麦は盛り付けられる器の違いから「せいろ蕎麦」と「皿蕎麦」に分けられ、「せいろ蕎麦」はかつて蕎麦を茹でずに蒸し器で蒸して調理していた名残を受け、「せいろ」と呼ばれて主流となっていきます。

 「ざる蕎麦」は江戸時代の中期、深川州崎にあった「伊勢屋」で蕎麦を竹ざるに盛って出した事が始まりとされ、その後、冷たい蕎麦の主流となっています。

 蕎麦を乗せるせいろは蒸し器の「蒸籠(せいろう)」が元となっていますが、形状には正方形から長方形、丸形の物が存在します。せいろには「もりせいろ」と「ざるせいろ」という区分が存在し、もりせいろは長方形、ざるせいろは正方形と丸形の二つが使われるとされています。

 本来は熱伝導を考えて正方形だった蒸籠が明治時代になって、面積を少しでも大きく見せるために長方形になり、面積を捉えにくい丸形になったと考えられます。

 表面にトッピングされた海苔の存在がもり蕎麦とざる蕎麦を分ける違いという意見もあります。蕎麦本来の風味を味わうには海苔の存在は不要という意見もあり、盛り付けられる器だけでなく、トッピングによっても違いが生じてしまう蕎麦という食べ物について奥深いものを感じてしまいます。


 



第1590回 パン暗黒時代     2010年10月28日

 16世紀の中頃(1543年)、日本史を大きく変える事になる事件が起こりました。種子島に漂着したポルトガル船によって、当時、最新の兵器だった鉄砲が伝えられています。その際、一緒に伝えられた物の一つに「パン」の存在があります。

 鉄砲伝来から6年後、イエズス会の宣教師、フランシスコ・ザビエルによってキリスト教の普及がはかられ、同時にパン食の普及も行われています。小麦の栽培と粉に挽いて加工して食べるという食文化を持っていた日本ですが、新たな小麦の食文化を得た事にもなります。

 当時は日本人が新たな食べ物としてパンを食べていたというよりも、日本を訪れた南蛮人が需要の中心になっていた事が考えられ、キリシタンでもなければパンの存在に触れる機会は少なかった事と思われます。それでも16世紀の後半にはキリシタンの数は70万人にも達していたとされ、それだけ多くの日本人がパンの存在を知っていた可能性も考えられます。

 1587年にバテレン追放令が施行され、キリシタンの弾圧、鎖国が始まるとパンは日本から急速に姿を消してしまいます。パンが急速に姿を消し、鎖国の間、忘れられる事となった理由として、需要の中心となった南蛮人の入国が制限され、日本人の間にはそれほど重要性を持つ食品となっていなかった事もありますが、パンがキリスト教の儀式、聖体拝領に深く関わっていた事にあると思われます。

 それから2世紀以上にも及ぶ鎖国の間、パンは日本の食の歴史から忘れられたような存在となりますが、完全に日本人はパンの存在を忘れていた訳ではなく、江戸時代に流行した料理書の中にパンの製造工程を記したものが見られ、1718年に発行された「御前菓子秘伝抄」の中には、甘酒に着目し、酵母菌を使ったパンの製造方法が記載されています。

 その後、幕末を迎える頃、隣国で勃発したアヘン戦争をきっかけにイギリスへの脅威を感じた伊豆韮山の代官だった江戸川太郎左衛門によってパンが焼かれます。

 パンは日持ちがして携帯性に優れているだけでなく、そのまま調理せずに食べる事もできるなど、兵糧として優れた面を多く持っていた事から、太郎左衛門は1842年に私邸にパン焼き釜を設け、大規模なパンの試作が行われました。

 1854年に鎖国令が解かれると日本を訪れる外国人も増え、日本でパンが本格的に焼かれる時代がスタートします。日本人にパンが一般化するには、その後の酒種を使った生地に小倉あんを包み込んだ「アンパン」の登場を待たなければならず、今日のような一般的な食べ物となるには、第二次世界大戦後のGHQによる小麦粉の援助を待つ事となります。バテレン追放、鎖国という暗黒時代を経て製パン技術、パンの種類共に世界一ではないかと言われる日本のパン食文化は花開く事となります。


 



第1589回 忘却特効 2     2010年10月27日

 1970年代には薬剤耐性を獲得した緑膿菌の存在が論文に登場するようになり、1989年頃には複数の薬剤に耐性を持つ緑膿菌の動向が監視されてています。日本でも2000年には多剤耐性緑膿菌が血液分離株の場合、20%程度に達しており、多剤耐性緑膿菌の問題が顕在化してきた事が伺えます。

 これまでの研究によって緑膿菌がさまざまな薬剤から逃れるメカニズムについては、代表的な4つの働きがある事が判ってきています。

 多剤耐性緑膿菌には薬剤を分解したり、薬剤を少し変化させて薬剤の活性を阻害する「修飾」と呼ばれる働きを持つ酵素が備わっている事が確認されています。そうした酵素はもともとは別な細菌が持っていたと考えられますが、プラスミドと呼ばれる遺伝子の運び屋によって緑膿菌に運び込まれ、緑膿菌がその能力を獲得した事や、従来から持っていた弱い薬剤分解酵素を強化させた事が考えられます。

 緑膿菌自体も変化しており、薬剤が作用する部位が変異しているともされます。細菌の生存や増殖には欠かせない酵素がありますが、抗菌薬によってその酵素が攻撃されないように緑膿菌が自身の遺伝子を少しだけ変化させて、酵素が薬剤に影響されにくい形に変える事で抗菌薬の作用から逃れるように工夫を凝らしています。

 また、薬剤が緑膿菌の内側に入り込む入り口となる菌体外膜の穴の数を減らしたり、従来から緑膿菌に備わっていた物を体外へとくみ出すポンプの力を強化して薬剤を排出するようにしたり、体の表面に粘性に富んだ保護膜を形成して、保護膜を持つ菌同士が集まって膜状になったバイオフィルムを形成すると、ほとんど全ての薬剤が菌の体内に到達する事ができなくなり、消毒薬ですら機能しなくなってしまいます。

 コリスチンはそうした多剤耐性緑膿菌に対し、細胞膜を破壊する事で殺菌を行う作用を発揮し、多剤耐性緑膿菌に有効な貴重な薬剤となっています。発祥の地でもある日本では、長らく未使用の状態が続いたためか未承認の状態となっていますが、事の緊急性を重視してコリスチンを抗菌薬としてのみ使用を承認する事が認められます。貴重な存在だけに緑膿菌に新たな耐性が発生しない事を願いたいと思います。


 



第1588回 忘却特効 1     2010年10月26日

 好気性桿菌の一種である緑膿菌は、土壌中や水中、植物、人をはじめとした多くの動物などからも分離されるありふれた常在菌で、感染症を引き起こす細菌として知られていますが、病原性は低く、通常であれば緑膿菌によって病気になる事はありません。

 しかし、体力の低下などによって免疫機能が充分に機能しなくなると、感染した緑膿菌を排除する力が弱まり、緑膿菌による感染症を引き起こしてしまいます。重度の火傷や外科手術、ガン治療、移植手術などの際、特に感染の可能性が高まる事が予想される事から警戒が必要となります。

 そんな緑膿菌の感染症や細菌性赤痢に対して有効な抗生物質としてコリスチンは1950年、日本で開発されました。翌1951年には医薬品として発売され、1960年に輸出されると海外でも医薬品として使用され、1960年代から1970年代にかけて用いられてきました。

 その後、副作用が起こる頻度が高い事が知られるようになり、より安全性が高い抗菌薬が開発された事もあって、コリスチンは使われなくなりました。

 もともと緑膿菌は他の細菌と比べて抗菌薬に対し強い傾向を持ち、そのために有効となる薬剤が限られていました。系統別に分けられた抗菌薬の中で、3つの系統の薬剤が緑膿菌感染症への特効薬として知られていましたが、その3つの系統の薬剤全てに耐性を持つ緑膿菌が登場し、「多剤耐性緑膿菌」として怖れられています。

 多剤耐性緑膿菌は感染力や病原性などはそれまでの緑膿菌と大きな違いがないのですが、感染してしまうと治療のための薬剤が効かない事から、体力が低下した人が多い病院内での院内感染が問題視されています。

 最近、多剤耐性緑膿菌に対し、コリスチンが有効である事が判ってきています。すでに発見されて60年が経ち、多剤耐性緑膿菌の名前が論文に登場しはじめる1970年代には使われなくなっていた事が幸いしたのではと考えたりもしてしまいます。


 



第1587回 生成中毒     2010年10月25日

 「はずかしさ医者にかつおの値が知れる」という川柳があります。鮮度が落ちて安くなったカツオを食べて食中毒に罹り、通院する事について詠んだものですが、この食中毒がヒスタミンによる食中毒と考えられます。

 ヒスタミンによる食中毒は、低温での流通が確立されてからは減少していますが、かつては主要な食中毒の原因とされていました。

 文字通りヒスタミンによる食中毒なのですが、アミノ酸の一種であるヒスタミンには血圧の降下や血管の拡張、血管の透過性の促進、平滑筋の収縮、腺分泌を促すなどの薬理効果がある事が知られています。

 風邪や鼻炎などの薬に「抗ヒスタミン剤」を見かける事がありますが、ヒスタミンが過剰に分泌されるとヒスタミン1型受容体とヒスタミンが結合してアレルギー疾患の原因となり、アレルギー症状や炎症を発生させてしまう事から、ヒスタミンと受容体が結合しないようにしてアレルギーや炎症を抑える目的で使用されています。

 ヒスタミンは遊離アミノ酸の一種であるヒスチジンを原料に微生物の働きによって生成され、蓄積されていきます。原料となるヒスチジンが多い赤身の魚などで起こりやすい事が考えられ、ヒスチジンを多く含む鯖の血合部分などは、特に食中毒を起こしやすい食材として知られています。

 魚の腐敗はアンモニアの生成量が指標とされます。ヒスタミンはアンモニアのような刺激臭はなく、アンモニアよりもはるかに早く生成されるとされ、ほとんど傷んでいないのに食中毒を起こしてしまうという事も考えられます。

 一般的には1gあたり500μg以上のヒスタミンが蓄積されていると食中毒を起こすとされますが、アレルギー症状でもある事から過敏な人ではその10分の1程度の量でも食中毒を起こしてしまう可能性があります。

 ヒスタミンは熱に強いため、加熱によって食中毒を防ぐという事は難しくなっています。菌や酵素によって生成される事から、それらの活動を抑える事が第一であり、低温下に適切な保管を行って生成を抑え、新鮮なうちに食べるのが何よりの予防法かもしれません。魚介類が美味しくなる季節、充分気を付けたいものです。


 



第1586回 ストレスでベトベト     2010年10月22日

 さまざまな健康食品の宣伝効果によって健康にはサラサラ血、不健康なベトベト血という事が定着しています。確かに細い血管内を流れる血液は、少しでもサラサラしていた方が血の巡りも良く、体の隅々まで酸素や栄養などを円滑に届けてくれる事と思います。

 そんな血液の粘度ですが、粘度を上昇させて血液をベトベトの状態にしてしまう要因の一つに、「ストレス」の存在があります。ストレスがかかる事で血液の粘度が上昇し、ベトベトの状態になってしまうのですが、何かの成分を摂取したという事でもなく、何かを排出した訳でもないストレスが、何故血液をベトベトにしてしまうのかと少々不思議にもなってしまいます。

 ストレスがかかると身体の中では、絶えず抗ストレスホルモンを生成、分解を繰り返します。その生成と分解の過程で多量の活性酸素が発生してしまい、それらが血液の粘度を上げてしまう事へと繋がっていきます。

 抗ストレスホルモンの生成と分解の際に発生する活性酸素は、酸化力が特に強いヒドロキシラジカルであり、DNAをはじめとするタンパク質や血液中の不飽和脂肪酸に作用して障害を引き起こします。不飽和脂肪酸は健康的な脂肪酸として知られていますが、ヒドロキシラジカルと出会う事で酸化され、過酸化脂質となってしまいます。

 ヒドロキシラジカルによって発生した過酸化脂質には、「重合」と呼ばれる困った性質があります。重合とは過酸化脂質と他の過酸化脂質が出会った際、結合してしまう現象の事で、重合が繰り返されるとしだいに過酸化脂質の分子は大きくなっていく事となります。

 血液中に過酸化脂質の重合物があると血液の粘度が高くなり、血液の循環が阻害される事が考えられ、それに動脈硬化によって血管が細くなっているなどの要因が重なると血管が詰まる事による虚血障害を引き起こしてしまう事も考えられます。

 過酸化脂質や活性酸素に対抗するビタミンや各種成分が知られ、一日当たりの推奨量が設定されていますが、あくまでもそれらは健康を維持する目安であり、日常のさまざまなストレスを考えると多過ぎるくらいに摂取する事が身体を守る上では必要なのかもしれません。


 



第1585回 古代パン     2010年10月21日

 パンの歴史というと紀元前のエジプトへと遡り、偶然発見された発酵技術によって柔らかく、風味豊かなパンが作られるようになったという話が出てきます。それまでは無発酵の生地を使った硬い平焼きの食べ物が、偶然、作り置きしていた生地に空気中の酵母が入り込み、発酵された物を焼いたところ、いつもより格段に美味しい事に気付き、それからパンの歴史が始まったとされます。

 同じく小麦を栽培し、主食としていたメソポタミアでも小麦を粉にして焼き上げた物が食べられていましたが、こちらは平焼きの食べ物でエジプトのパンが最初のパンと考えると、メソポタミアの食べ物は厳密にはパンではなかったと考えられます。

 先日、イタリアの研究チームが発表したところによると、3万年前の石器に残されていたデンプンの粒から、当時の人類がジャガイモに似た植物の根をすり潰して粉にし、パン生地を作っていた可能性が高いとされています。

 その石器は大人の手に馴染むサイズで、同様の物がイタリア、ロシア、チェコの遺跡からも見付かっていて、広範囲に古代のパン作りが行われていた事が伺えます。

 植物をすり潰した粉と水で作られた生地は、熱された石の上で焼かれていたと考えられますが、同じ調理プロセスで再現された古代のパンは、クラッカーのような食感であまり美味しい物ではなかったとされます。

 これまでの研究では、イスラエルの遺跡から見付かった2万年前の石器が小麦をすり潰し、パン作りに使われた最古の物とされていましたが、今回の発見でパン作りの歴史は更に古いものとされる事が考えられます。しかし、エジプトで始まった発酵によってふっくらと焼き上げる物がパンとするとメソポタミアの食べ物同様、古代のパンは厳密にはパンではないのではとパン好きの身としては思ってしまいます。


 



第1584回 食中毒考     2010年10月20日

 梅雨時や夏場と違って、あまり食中毒を意識しない冬ですが、冬の食中毒というと冬場に旬を迎えて美味しくなる海産物を介して感染するノロウィルスが知られています。最近は顕著な大規模感染も見られた事から、ノロウィルスの存在は冬の食中毒として一般的にも広く認知されたものとなってきているではないでしょうか。

 以前、ノロウィルスが大規模に流行した際、テレビ番組中にゲストコメンテーターが「自分は何でも食べる直前に食べ物のにおいを嗅ぐようにしているので、食中毒とは無縁の生活を長く送っている」とコメントしていた事があり、腐敗や酸化ならともかくウィルスのにおいをどのように嗅ぎ分けるのだろうと思ってしまった事があります。

 食べ物が食べる事ができなくなる理由の多くは腐敗や酸化、カビの発生などが考えられますが、ノロウィルスに限らず食中毒菌は食べ物に腐敗や発酵といった変化をもたらさず、油脂類を酸化させる事もありません。カビのように色付きのコロニーを形成したり胞子を出したりしない事から、存在を見分ける事が難しくなっています。

 食中毒菌は細胞分裂によって増える事から、時間の経過によって倍、その倍という感じで増殖していきます。そのため、出された料理をすぐに食べた人は大丈夫でも、数時間後に食べた人が食中毒を起こすという事も考えられ、冷蔵庫に入れて低温化で保管していても食中毒菌の増殖を完全に止めている訳ではないので、食中毒のリスクを免れる事はできないと考えられます。

 食中毒のリスクを低下させるには、きちんと火を通すという事が有効とされ、加熱によって食中毒菌は死滅し、ウィルスはタンパク質が変化する事によって感染のリスクを無くす事ができます。しかし、加熱が完全にリスクをゼロにしてくれるかというと、そうとも言い切れない部分があり、黄色ブドウ球菌のように菌自体は加熱によって死滅しても、毒素はそのまま残ってしまい、食中毒を引き起こす可能性があるものも存在します。

 そうやって見ると食中毒から逃れる事はとにかく困難な事のように思えますが、食品の管理を適切に行う事、きちんと食材に火を通す事、そして何より体力を確保しておく事と言えます。食中毒が老人や子供に多い事、夏の疲れが出やすい9月が高温の8月に次いで多い事を考えると、重要なポイントだと思えます。


 



第1583回 3サラミ     2010年10月19日

 どうしてもソーセージの一種であるという事から「サラミ」をドイツ発祥の食品と思ってしまうのですが、サラミはイタリア発祥のドライソーセージの一種で、その語源は「塩」を意味するサラーレにあると言います。

 基本的には豚の挽肉にラードや塩、ラム酒などを混ぜ合わせ、腸詰にして低温で乾燥熟成させた物ですが、各地に伝えられ、時代を経るうちにさまざまな工夫が加えられ、多くのバリエーションを生んでいます。

 古い時代、ヨーロッパではサラミの製造に「3」という数字が深く関わっている事から、本物のサラミの事を「3のソーセージ」と呼んでいた事もあるとされ、その際のレシピは1kgのサラミを作るに当たって牛肉333g、豚肉333g、豚の背脂333g、塩33g、香辛料3g、酒類3gの材料を使い、33日間の製造日数。製造過程で乾燥による重量の減少率は33%。賞味期限は333日間と徹底した3へのこだわりが伺えます。

 乾燥の過程においてゆっくりと乾燥させたサラミの表面には小さなしわができ、比較的急激に乾燥させたサラミには深いしわができるとされます。製法によっては表面をびっしりと白カビで覆われた物もあり、「白カビによって風味を付ける」、「乾燥状態を一定に保つ」、「光や腐敗菌を遮断したり、酵素の働きを止めてサラミの変質を防ぐ」といった重要な役割を白カビが果たしているとされ、日本のカツオ節の「カビ付け」を彷彿とさせてくれます。

 イタリアから始まったサラミですが、その後、ヨーロッパの各地へと伝わり、フランスのアルル地方、ハンガリーなどが本家イタリアのジェノヴァ、ミラノと並ぶ名産地となっています。特にハンガリーは多種多様なサラミが生産され、独特の風味を持つハンガリーサラミとして親しまれるようになっています。


 



第1582回 ホットダックスフンド?     2010年10月18日

 熊本空港へと向かう道の途中に知る人ぞ知るという感じのホットドッグの有名店があります。店といっても車を使った移動販売なのですが、いつも決まった場所に車を止めて営業されている事や、車自体がかなり老朽化している事から、朽ちるに任せて放置された車のような印象を受けてしまう事もあります。

 それでも車の古び方から判るほどの老舗であり、実際に食べた人の評判も良いので、かなり美味しいホットドッグを販売されている事と思います。

 日本ではハンバーガーの方が主流であり、それほど普及率が高いとはいえないホットドッグですが、米国では国民食とも言われ、国民一人当たり年間60本は食べられているとされます。

 ホットドッグの始まりは1900年頃にまで遡るとされ、ドイツからの移民の一人が寒い日に熱々のソーセージを販売する事を思い付き、そのまま手に持つには熱過ぎる事からパンの中に挟んで提供するようにしたのが始まりだと言います。

 当時、売られていたフランクフルトソーセージは、その細長い形状からダックスフンドソーセージと呼ばれていたそうで、それをある漫画家が作品中にホットドッグの屋台を描こうとしてダックスフンドのスペルが判らず、仕方なく「ホットドッグ」と看板の部分に書いた事がホットドッグという名称が一般化するきっかけとなったとされます。

 英語でホットドッグと言った場合、フランクフルトソーセージその物を指す単語であり、必ずしもパンに挟まれているとは限りません。ソーセージ単体を焼いた物や、日本ではアメリカンドッグと呼ばれている串に刺して衣を付けて揚げた物もホットドッグと呼ばれる事があります。

 日本でホットドッグと言えば必ずソーセージがパンに挟まれていて、ソーセージその物よりもむしろ長めのパンに切込みを入れて具材を挟んで食べるというスタイルがホットドッグという言葉の意味するところとなっています。

 そのため日本では、中身がソーセージではない物を使ったホットドッグが存在し、白身魚のフライを挟んだフィッシュドッグや焼きそばを挟んだ焼きそばドッグなどの亜種も市民権を得ていて、日本独自の文化とさえ言えると思います。

 また日本ではパンに垂直に切り目を入れて具材を挟み込みますが、これも日本独自の事とされ、日本以外のほとんどの国ではパンに水平に横から切り込みが入れられてホットドッグが作られています。

 いかにも米国を象徴するような食べ物に見えるホットドッグですが、私達が日常見かけているのは日本に渡り、独自の進化を遂げた少しだけ別物のホットドッグと言えるのかもしれません。


 



第1581回 激安考     2010年10月15日

 最近、激安弁当の話をよく耳にします。さまざまな企業努力によって極限までコストを落として激安価格を実現している物や、集客のためと割り切って原価を下回る価格で販売される物など、内容を見ながらいろいろ考えてしまいます。

 多くの低価格弁当に共通するものとして、「揚げ物」が多いという点が上げられ、フライやから揚げといった揚げ物が低コストの実現に貢献しているように思えます。

 弁当を製造する際、油を一定の温度に保ってくれる業務用フライヤーがあれば、事前に揚げるだけの状態にして用意されていた食材をフライヤーに投入するだけで手早く調理を行う事ができ、調理に要する手間を減らす事ができます。

 また、揚げ物は衣によって食材を大きく豪華に見せ、こんがりと揚がった色合いがおかずとしての充分な存在感を備えているだけでなく、油のコクによって食べ応えがあり、満腹感を得られやすいという利点を多く持っています。

 低価格弁当を支える揚げ物ですが、やはりカロリーが高いという一面があり、弁当のコスト面から付け合わせの内容や量が制限されてしまう事を考えると、栄養面でのバランスを欠いた物となってしまう可能性もあります。

 長引く景気低迷の中、低価格弁当の存在はありがたいものではあるのですが、健康の維持管理という面から別なコストや手間が発生してしまうと本末転倒ともなりまねません。低価格を実現するために施されたさまざまな工夫を見ながら、つい余計な事まで考えてしまいます。


 



第1580回 ゼリーについて     2010年10月14日

 初めてゼリーフライの存在を知った際は、クラゲ(ゼリーフィッシュ)をフライにした物ではと思ってしまいました。中華料理の素材としても使われるクラゲは、これといって特筆すべき栄養素はありませんが、食感が面白く、フライにしても楽しめるのではないかという感じがします。

 しかし、ゼリーフライとクラゲは関係ないと言います。それではお菓子のゼリーの素となるゼラチンが含まれているのではと思うのですが、そうでもないとされます。

 ゼラチンは水に溶け、温度によって固まったり溶けたりする事から、事前にフライにするタネを固めておく事に向くだけでなく、味にコクが加わる事からフライにするタネに加えると良いように思えるのですが、それも違うとなるとゼリーフライに対しての興味が否が応でも高まっていきます。

 ゼリーフライの正体は、埼玉県の行田市で作られているご当地グルメの一つであり、小麦粉や卵、パン粉といった衣を使わずに素揚げした「おからコロッケ」というのが最も適切なように思えます。

 基本的な作り方としては、おからと茹でたジャガイモを混ぜ合わせ、つなぎに卵を加えて形を整えて素揚げするのですが、コロッケと同じようにタマネギやピーマンなどの素材によって美味しさが加えられ、それが店による美味しさの違いに繋がっています。

 ゼリーフライの由来は、行田市内にあった「一福茶屋」の主人が日露戦争に従軍した際、中国の東北地方で食べられていた野菜饅頭を基にアレンジされたとされ、発売された詳細な年代は不明とされていますが、明治後期には売られていた事が確認されていると言います。

 名前の由来は当時、ハイカラなお菓子だったゼリービーンズによるとする説もありますが、形や大きさが小判に近かった事から、当初「銭富来(ぜにふらい)」としていたものが訛ってゼリーフライへと変化した事が有力と思えます。

 中国には主食として饅頭を食べる食文化もあり、現地の食文化を参考にコロッケに似たゼリーフライが考案された事に無理はありませんが、おからを使うあたりは日本固有の事のように思えて、もっと詳細な情報がほしいと思ってしまう食文化、それがゼリーフライという存在ともなっています。


 



第1579回 弊害発見?     2010年10月13日

 以前、炭水化物の摂取を極端に減らす事でダイエットを行うという、炭水化物ダイエットが流行した事がありました。炭水化物は糖質となって直接的なエネルギー源となる事から、極度に炭水化物の摂取を減らす事で、エネルギーを脂肪から作られるようにする事でダイエットを行うという理論に基いていたのですが、炭水化物以外の摂取を制限しない事から、結構人気となっていた事が思い出されます。

 炭水化物ダイエットが最も盛んだった頃には、ハンバーガーから炭水化物の塊ともいえるバンズ(パン)を除いた商品も見られ、ミートパティ(ハンバーグ)をレタスで包んで食べるというスタイルには、レタスの食物繊維は炭水化物では?という微妙な疑問も生じたりしていました。

 最近、炭水化物には意外な働きがある事が判ってきています。炭水化物と体内時計の調節には深い関わりがあり、炭水化物を極端に減らして脂肪分を多くした食事を摂る事で、体内時計が4〜8時間程度進んでしまう事が確認されています。

 また、炭水化物を控えて脂質を多く摂る食生活で、血液中の血栓の溶解を阻害する成分である「PAI−1」の血中濃度が通常の3〜4倍にも上昇する事が確認されました。

 炭水化物の摂取を控える事で脂肪の燃焼を促す事は考えられますが、その結果として生活のリズムが大幅に損なわれるだけでなく、血液中の血栓の溶解が阻害されるのであれば、健康上のリスクはかなり上昇してしまう事が考えられます。

 体重を減らす事は、血液の検査数値に良い結果をもたらす事が知られていますが、何かの栄養素を極度に欠くダイエットにはそれなりのリスクが存在する事を充分に理解しなければならない事を教えてくれているようにも思え、ダイエットの難しさを思ってしまいます。


 



第1578回 直接印字     2010年10月12日

 いつもお気に入りで常備している卵には、殻の部分に直接賞味期限が印字されています。以前は一つひとつに小さいシールが貼られて賞味期限が表示されていたり、パックのラベルに印字されたりしていたのですが、最近は直接印字された物が増えてきたように思えます。

 卵の賞味期限は平成11年11月以降、表示が食品衛生法によって義務化されているので、何らかの形で生で食べる事ができる期間を表示しておく必要があります。

 最も簡単な表示方法は卵が入れられているパックに印字したり、パックに貼り付けたりパックの中へ直接入れられるラベルに印字しておく事ですが、卵をパックから出して保管したり、幾つかの購入時期が異なる卵が一パックにまとめられた場合、正確な賞味期限を把握する事が難しくなってしまいます。

 卵自体に小さなシールを貼り付け、賞味期限を表示する事で卵がパックから出されて単体になっても日付を管理する事ができますが、小さなシールを用意し、印字を行ってから卵に貼り付けるという手間とコストが生じる上、卵の殻という球面に貼り付ける事から剥がれてしまう可能性も考えられます。

 そうした問題を解決するものとして卵への直接印字が開発されたのですが、卵の殻という割れやすく平面でもない物に印字を行う事から、高速非接触印字と呼ばれる特殊なインクジェットプリンターが用いられています。

 卵は食品であるため安全性の確保が重要となりますが、卵の殻に直接印字を行うインクジェットプリンターには、「可食性インク」と呼ばれる食品衛生法の規格基準に合わせた卵殻専用のインクが使われ、最新の卵殻用可食性インクは卵の殻がメッシュ状の構造となっている事から、インクが内部に入り込んでしまわないように卵殻のカルシウムと反応して固着するような工夫が行われ、卵の内部までインクが浸透せず、茹でても消えてしまわないようになっています。

 また、卵の印字部分を見ると、独特な緑色が使われていますが、この緑色は視認性を確保しながら卵の赤と白にも対応できる色として採用されています。白い卵はともかく赤い卵の色合いには結構差異があるので、それらに対応できる色を見付けるのは大変だったのではないかと、思わず卵を見詰めてしまいます。


 



第1577回 飽食の中の不足     2010年10月08日

 最近、食べ物の味がしないような気がして、つい濃い目の味付けにしてしまったり、調味料を多く使ってしまう。それまで好きだった食べ物の味が変わってしまったように思える。甘味や辛味、酸味や苦味などの味覚のどれかを感じていない。何も食べていないのに、何か口の中で味がしている。匂いをあまり感じなくなった。舌にピリピリとした痛みを感じる。

 それらのどれかに当てはまるものがあったら、それは亜鉛不足に由来した味覚異常の症状かもしれません。味覚異常の症状として最も多いとされるのが味が判りにくくなる味覚低下、もしくは一部の味を感じなくなる味覚消失、味覚脱失とされ、全体の75%ほどがそれに当たるとされます。

 次に多い症状が何もないのに何らかの味を感じてしまう自発性異常味覚とされ、何も食べていないのに苦い味や塩味を感じるという状態が味覚低下と共に現れるとされています。

 似た症状ではありますが、錯味、異味症と呼ばれる症状があり、食べた物の本来の味とは異なる味を感じてしまう事もあり、何を食べても美味しく感じられない悪味症(あくみしょう)という症状も報告されています。

 単純に食べた物の味が変に感じられるだけであれば、それほど大変な事のようには思えないかもしれませんが、美味しさを感じられない事から食欲の低下が起こって極度の体重減少に繋がったり、過度に味を求めて塩分の過剰摂取を引き起こし、高血圧に陥るといった二次的な症状が現れる危険性も考えられます。

 味覚異常の原因としては血液中の亜鉛不足や薬の副作用、肝障害や腎障害、消化器系の障害や糖尿病、食品添加物の影響。原因が判らない特発性味覚障害などが言われていますが、共通する事は亜鉛の欠乏があるとされています。

 亜鉛は体の組織た細胞に欠かせない成分とされますが、舌にあって味を感じる部分とされる味蕾(みらい)の味細胞の新陳代謝に関わっているとされ、亜鉛の不足は味細胞の生まれ変わりを遅くして構造や機能に影響を与える事が確認されています。

 そんな味覚異常の症状を訴える患者はこの10年で約2倍に増えたとされ、40万人にも上る患者数と考えられています。多くは継続して亜鉛を摂取する事で治癒するとされ、70%が亜鉛製剤の摂取で回復すると言います。

 店頭で手に入る食材は多様化してしますが、亜鉛を含む食材はそれほど多くはなく、充分に栄養素を吸収する事ができるように良く噛むという習慣も薄れてきている事が現代の亜鉛不足に繋がっているようにも思えながら、あらためて微量元素の重要性を思ってしまいます。


 



第1576回 お隣りの油事情     2010年10月07日

 以前、廃油で石けん作りをしていた知り合いが地元の大手惣菜販売チェーンへ赴き、廃油の処理を交渉した事があったそうです。揚げ物中心のメニューから、かなりの量の廃油が発生している事と予想し、廃油に関するコストも結構なものになっている事が考えられた事から、交渉は問題なく進むと思っていたそうですが、あっさりと「揚げ物の油は炒め物に使っているので、廃油は出ていません」と聞かされ、それ以来、その惣菜チェーンの製品を食べられなくなったという話を聞かされた事があります。

 一時的に使用する量の多さから、揚げ物が最も多くの油を使うように思いがちですが、考えてみれば炒め物は加えた油をすべていただく事になるので、油を最も多く摂取する料理という事ができるのかもしれません。

 炒め物というと、お隣りの中華料理の得意分野のように思えます。実際に見てきた中国の都市、上海の油事情というと、日本ではありえない5リットルという巨大な容器に入れられた食用油が売られていて、油の使用量の多さを感じさせてくれました。

 日本で5リットルのペットボトルというと、いろいろと探していて、かろうじて焼酎の販売例を見付ける事ができたのですが、さすがに油となると2リットル以下が主流となっていて、5リットルという販売単位は一般家庭向けの製品としては見られないように思えます。

 幸いにも油は水よりも比重が軽いので、5リットルが5kgという事はないのですが、それでも充分に5kg近い重量になり、頻繁に行われているデモンストレーション販売の景品として配られている500mlのペットボトルが加わる事を思うと、気軽に持ち運べる物ではない事が理解できます。

 そんな油の使い方ですが、現地では調理方法としてほとんどの料理に炒めるという工程が入る事から、必然的に油の必要性が高まり、消費者ニーズとして油の販売単位が多くなっていった事が考えられます。

 5リットルという大容量のペットボトルですが、さすがに日常的な家事では使いにくい事もあり、1リットル程度の小さな容器に小分けして使われています。他に良く使う物である黄酒と呼ばれる中国酒や酢なども同じように大きな容器から小分けされ、キッチンに並べられるという日本ではあまり見ない使い方となっています。

 炒め物がほとんどで揚げ物の頻度が低く、揚げ物を調理する際も炒め物よりも厚めにひいた程度の少量の油を使って「炒め揚げ」に近い状態で調理される事や、揚げ物に使った油は保存しておいて炒め物に使ってしまうという事で、ほとんど廃油が出ないというのも現地の油事情の特徴かもしれません。廃油を無駄なく上手に使う事、廃油を出さない事、どちらがエコなのか少し考えてしまいます。


 



 

Copyright (C) 2007 Sunproject Co.Ltd. Allrights reserved,