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第1624回 忘却と保存     2010年12月28日

 ピーナツバターはバターと名前が付いてはいますが、乳脂肪分は含まれておらず、製品にもよりますが純粋な物はピーナツのみで作られています。

 充分に乾燥させたピーナツを160度の温度でじっくりと時間をかけて炒って香りを高め、水分を除去します。薄皮と胚芽を除いて粗く砕き、専用のミルですり潰して練り込んでいくと、ピーナツに50%以上も含まれている油分によってバターのようなペースト状になり、それが名前の由来となっています。

 風味を増すために少量の食塩を加えたり、甘味を強くするための砂糖を加えたり、パンに塗る事を考えて伸びを良くするために油分を加えるという例はよく見られますが、基本的にはピーナツが持つ油分が主体となっている穀物由来の製品といえます。

 油分由来のしっとりとした質感を持っていますが、ピーナツバターは「乾いた食品」と言われ、無添加でも意外なほど長期にわたって品質を保持する事ができるとされ、パンなどに塗るスプレッドの類である事から、バターやマーガリンと同じように冷蔵庫に保管する場面を多く見かけますが、常温での保存が可能な食品となっています。

 食品の品質を大幅に低下させてしまう要因の多くは、腐敗菌をはじめとした雑菌の増殖やカビの発生によります。雑菌もカビも繁殖には水分が必要で、ピーナツバターの場合、事前の乾燥に加えて炒る事で水分を飛ばし、油分だけに近い状態にしている事から、雑菌やカビが繁殖するための水分量が極めて少なく、長期にわたり安定した品質を維持する事が可能となっています。

 バターやマーガリンといったスプレッド類には20%程度のの水分が含まれる事から、冷蔵する事によって雑菌やカビの活動温度を避けて保存する事が推奨されます。それに対しピーナツバターは水分量の少なさから常温での保存が可能となっていますが、唯一の弱点としては油分の酸化が考えられます。

 しかし、ピーナツに豊富に含まれるビタミンEには抗酸化作用があり、ピーナツバターの油分が空気中の酸素によって酸化される事を防ぎ、それによってもピーナツバターの保存期間は長期になっていて、イギリスの研究機関の報告によると酸化が始まるのは9〜12ヶ月後とされ、状態にもよりますがその後も酸化の進行は緩やかで、風味が悪い、美味しさが低下したという印象を除けば健康上の重大な問題には繋がらないとされています。

 冷蔵庫の片隅に忘れ去られた食品の上位ランクに属するとされるピーナツバターですが、保存性の高さは忘れられやすさを助長するのでしょうか。それとも発見時の葛藤を大きくするものなのでしょうか。


 



第1623回 タジン鍋     2010年12月27日

 最近、スーパーやホームセンターなどでも独特な形状の土鍋、「タジン鍋」を見かけます。タジン鍋は文字通り北アフリカ地域で作られている郷土料理、タジンを作るための鍋で、その特徴的な形状から蒸し料理を上手に仕上げられるようになっています。

 タジンが作られている主な地域としては、モロッコ、アルジェリア、チュニジアといった地域で、羊肉か鶏肉と香辛料をかけて味付けした野菜を蒸して調理されています。

 タジンを上手に仕上げるためにタジン鍋には独自の工夫が施され、それがタジン鍋の得意な形状となって表れています。上部にいくにつれ急激に細くなる独自の形状の蓋は、上部を細く狭くする事で温められた蒸気の対流を防ぐ意味があり、対流が起こりにくい事で上部に温度が低い部分が生まれ、食材から出た蒸気や香辛料やハーブに含まれる揮発性の高い香り成分を冷して結露させ、再び水滴として食材に戻す働きがあります。

 蒸気が速やかに水滴化される事で、鍋と蓋の間に水によるシール性が高められ、密閉状態が形成されて料理の香りが飛んでしまう事を防いでくれ、風味豊かにふっくらと仕上げてくれます。

 また、蓋の上部に対流をさせない事によって、鍋の中心部分に熱を集中させる事ができ、素材を効率よく加熱調理する事ができます。

 野菜は加熱していない状態では嵩があり、熱を加える事で嵩がかなり減ってしまいます。タジン鍋の高く作られた蓋は、そうした野菜の特性をよく理解した作りとも言えます。

 伝統的なタジン鍋は素焼きの土鍋なので、直火で調理していると徐々に欠けたり割れが生じてくるという強度的な扱いにくさがあります。最近見かけるタジン鍋は、しっかりとした焼きが施された陶器製となっているので、気軽に使えて料理のレパートリーを増やしてくれる便利グッズとなっているのかもしれません。


 



第1622回 冬対策     2010年12月24日

 食欲の秋を通過して、年末年始を控えた冬場はダイエットを意識してしまいます。それなのに冬という季節はダイエットには不向きで、むしろ大敵ともいえる季節となっています。

 冬の寒さは人の行動力を奪い、カロリーを消費しにくい状況を作り出しますが、それ以上に冬という季節はダイエットに不向きな要素をたくさん備えていて、それを打破しなければ冬場のダイエットは成功しないと考える事ができます。

 冬という季節は、多くの生き物にとって夏場を乗り切る体力を確保する季節であり、自然と体重は増える傾向にあります。また、皮下脂肪を増やす事で体温の損失を防ぐという意味もあります。

 気温が下がり、体温が下がりがちになると新陳代謝も下がってしまい、カロリーの燃焼も低めになるという肥りやすい体質になってしまいます。特に冷たい食べ物や飲み物などで体内から冷してしまうと代謝の低下は顕著になってしまい、肩こりや頭痛といた不調を助長し、免疫力も低下してしまう可能性を持っています。

 そうした冬肥りを防止するためには、体内から温める食材を積極的に摂る事が有効な対策となります。幸いにも冬が旬の食べ物には体を温める物が多く、寒い土地で採れる物にも同じ作用を持つ物が多く含まれています。

 キーワードとしては辛味やスパイシーさ、ネギやにんにくなどの薬味を多く使う。とろみを持つ食材を多く摂る。温かい食べ物や飲み物を摂り、消化器官を冷さないという事が重要になります。冬を快適に過ごす事にも繋がるので、気を付けたいポイントとして注意したいと思ってしまいます。


 



第1621回 カエル毒     2010年12月22日

 カエルというと可愛いイメージしかありませんが、中には毒を持った怖いカエルも存在します。しかし、カエルの毒はあくまでも自己防衛のためで、カエルが自らの毒を使って獲物を仕留めるといった事はありません。

 攻撃に使用する必要がないため体の前方ではなく、後頭部にある耳腺や皮膚の分泌腺から数種類の成分が混合された毒を分泌し、小型の肉食動物などに捕食されないようにしています。

 毒の有無に関わらず、カエルが人間の脅威となる事はほとんどなく、むしろ害虫などを退治してくれる事から有益な生き物として移入される例を多く見かけます。

 南アメリカの北西部に生息するオオヒキガエルは、農業害虫だけでなくネズミまでも捕食する事から、世界各地の熱帯や亜熱帯の農業地帯に移入されています。

 オオヒキガエルには発達した大きな耳腺があり、そこから強力な毒が分泌されています。移入されたフィジーやフィリピンではカエルを食べる慣習があったのですが、オオヒキガエルの毒に関する警告が充分に行われなかった事から、オオヒキガエルを食べて死亡する事故が多発したという事がありました。

 同じ事が日本でも起こっていて、かなり困った状態になってきています。と言っても日本ではカエルを食用にする事はあまりないので、問題ないように思えるのですが、日本での被害は人間ではなく特別天然記念物のイリオモテヤマネコに出ています。

 西表島で生息が確認されたオオヒキガエルは、1978年にサトウキビの害虫駆除の目的でハワイから大東諸島経由で石垣島へ持ち込まれ、後に船などに入り込んで西表島にも伝播した事が考えられ、当初はコガネムシやムカデの駆除に重宝されましたが、絶滅危惧種のセミ、「イシガキニイニイ」などにも被害が出ています。

 石垣島では飼い犬がオオヒキガエルを咥えたまま死んでいるのが見つかったり、特別天然記念物の「カンムリワシ」が咥えて飛び去るのが目撃され、オオヒキガエルの強力な毒を理解できない動物に幅広い被害が出ている事が予想されます。

 人と違い野生動物は進化の過程でカエルの毒と接していれば本能的に避ける事もできるのですが、この数十年の事では危険性を理解するのは難しい事と思われます。

 外来種による生態系へのさまざまな影響が懸念される昨今ですが、また新たな問題が加わってしまったように思えてしまい、早急な対策の必要性を感じてしまいます。


 



第1620回 刺身文化(2)     2010年12月21日

 室町時代の文献に最初に登場する「刺身」は、「指身」と記載されていましたが、同じ頃から「刺身」という言葉は急速に普及していきます。

 新鮮な魚介類を食べやすい大きさに切り分けた「切り身」こそが刺身ですが、切り身ではなく刺身と呼ばれた事には、当時の武家社会が深く関わっていたとされます。

 武士にとって「切る」とは、「腹を切る」に通じる言葉で、最も忌み嫌う言葉でもありました。特に武家の勢力が旺盛だった関東で、うなぎを調理する際、背開きにして腹を切らないようにする事からも、腹を切るという事がどれだけ嫌われたかを伺う事ができます。

 そのため、切るではなく包丁を刺すと表現する事で小さく切り分ける事を表わし、切り身を刺身と表現した事が考える事ができ、それが刺身の有力な語源として考える事ができます。

 異説には、刺身になった魚の種類を判別できるようにヒレやエラを串に刺して飾り付けた事が刺身の語源とされますが、よほど魚に詳しくなければヒレやエラで魚種を判別する事はできず、本来は捨てられ、食材としては意識されない部分が全体の名前に関わってくる事には無理があるようにも思えます。

 江戸時代に入り、文化の中心が武家から庶民へと移っていくにつれ、刺身も少しずつ変革を遂げていきます。刺身という定義も新鮮な魚介類の切り身から、食材を薄く切って盛り付け、食べる直前に調味料で味付けをして食べる物へと変化していきます。

 かつては刺身と似た存在に、「打ち身」という料理がありました。文献上も刺身との区別が難しい料理ですが、最大の違いを上げるとすると切り方が分厚く、盛り付けにもヒレだけでなく、皮や中落ちまでも使われ、魚種が鯛か鯉に限られていたという特徴があります。

 かつて文化の中心が京都であった頃、新鮮な魚介類が入手困難な土地柄という事もあり、刺身という食文化はそれほど発展を見せなかったのですが、江戸に幕府が移され、江戸前という新鮮な魚介類を得る事に適した環境を得た事で、刺身は大いに発展を遂げたという事ができます。

 本当に新鮮な魚介類に接した際、あまり美味しくない事を感じた事があります。タンパク質が適度に分解されて、旨味成分となるアミノ酸となっていない事によるのですが、その意味では昔の流通の方が刺身という食文化には向いていたような、微妙なものを感じてしまいます。

 すでに英語圏でも刺身は単語として通じるようになっており、生食できるほどの品質という意味での「サシミクオリティ」という表示も存在しています。生の魚を食べるという変な食文化のように言われた事もありましたが、今や世界に通じる料理となり、少し誇らしいものを感じてしまいます。


 



第1619回 刺身文化(1)     2010年12月20日

 日本は四方を海に囲まれ、新鮮な魚介類が豊富に手に入る事もあり、「刺身」という食文化が発展しています。刺身というと主に魚介類が素材として思い浮かびますが、新鮮で生のまま食べる事ができる食材であれば刺身と称して出される事があり、タケノコやこんにゃく、馬肉など、魚介類以外の食材でも刺身で食べられる例を多く見かけます。

 刺身は素材の持ち味を最大限に活かした調理法ともいえ、素材の状態や事前の下処理、料理人の技量なども問われ、刺身を調理するための専用の包丁、「刺身包丁」が存在する事からも日本の料理の中で重要な位置を占めてきた事が伺えます。

 新鮮な獲物の身をそのまま食べるという事は、人類の歴史と共に始まったと容易に想像できますが、火を使う事で咀嚼と消化に時間が掛かる生の獲物の身をより良い状態に調理するという知恵が文明の発展に寄与したと考えられ、刺身という食文化はそれに逆行するようにも思えます。

 しかし、日本には新鮮なうちに生で食べる事によって、より美味しさを味わえる生食の文化が生き残り、細切りにして調味料と合わせた「なます」として伝えられてきました。

 その後、室町時代の応永6年(1366年)になってはじめて文献上に刺身の文字が登場します。「鈴鹿家記」の6月10日にあたる記事に「指身、鯉イリ酒アワビ」として登場し、しょうゆが普及する以前の調味料である鰹節と梅干、酒、水などを合わせた「煎り酒」で食べられていた事が判ります。

 それ以降の文献からは、クラゲやキジ、山鳥の塩漬けを塩抜きして薄切りにした物が刺身として登場し、必ずしも鮮度第一ではなかった事が伺えます。

 長い歴史の中で培われてきた、素材の旨味を最大限に味わい尽くす、それが刺身という食文化なのかもしれないと思ってしまいます。

 
 



第1618回 ノロとロタ     2010年12月17日

 この数年の事ですが、冬場になるとノロウィルスが猛威をふるい、死に至る事例まで報告されています。冬場に旬を迎え、美味しさを増す牡蠣などの二枚貝を通じて感染する事が知られたノロウィルスは、秋から冬にかけて感染を拡大する食中毒ウィルスの代表格の一つとして知られていました。

 かつて食中毒を引き起こすウィルスについては、秋から年末にかけてノロウィルスが流行し、年明けから春にかけてがロタウィルスとされていました。

 ノロウィルスとロタウィルスは共に下痢や嘔吐といった胃腸炎をはじめとした共通の症状を持ち、ロタウィルスに比べノロウィルスの方が幅広い年齢層に罹患する傾向があるとされます。

 両ウィルス共、わずかな量でも体内に入ると感染するとされ、特に感染力が強いノロウィルスは人から人への感染が起こりやすいウィルスとされています。乳幼児から成人まで幅広く感染する事が知られ、冬場の代表的な食中毒の原因ともされてきました。

 本来は吐き気や嘔吐、下痢といった症状だけで、食材が適切に管理されていなかった事を伺わせる雰囲気を感じさせる軽症なものだったのですが、体力が弱っている場合は死に至る事もあり、最近は死亡例を多く聞かされる事から毒性が強化されているのではと思ってしまいます。

 一旦、感染してしまうと有効な抗ウィルス剤は存在しない事から、日頃から予防に努める事が大切です。予防法としては、とにかくウィルスの体内への侵入を絶つ事なので、手洗いの徹底と典型的な症状を示す体調不良の人に近付かない事となります。

 旬を迎えた魚介類は、刺身などの生で美味しくいただきたいものですが、感染を考えた場合、しっかりと加熱していただくのが安全策なのかもしれません。意外なほど感染力も強力なので、今の季節、充分注意したいものです。


 



第1617回 冷えと低温     2010年12月16日

 冬が本格化してくると、「冷え性」を意識する事も増えてくるのではないでしょうか。しかし、本来の冷え性は冬、夏といった季節は関係なく、手足などの末端部に冷えを感じてしまいます。

 冷え性の特徴として、実際に体温を計ってみても正常な事がほとんどで、冷え性ではない人との違いを見出す事はできません。これは体温の測定が「深部体温」と言われる体の中心部の温度を測定しているためで、冷え性の人が辛さを感じている手足の末端部とは異なる温度を計っている事によります。

 冷え性の多くは手足などの末端部に起こり、血管の異常な収縮によって血流が悪くなり、体温の正常な熱伝導が行われない事が原因となっています。

 それに対し、最近話題となってきている「低体温」では体温計で計った温度、深部体温の温度に異常が見られ、本来は37度付近を示す体温が35度付近を示すという特徴があり、冷え性とは明らかな違いとなっています。

 本来、体温は筋肉や肝臓で作られ、血液などを介して全身に伝えられます。気温が低かったりして体温が不必要に奪われる状態にある際、体は皮膚の血管を収縮させて血液の流量を抑え、体温の伝達と損失を抑えるように働きます。

 冷え性の場合、その体温保護の働きが過剰に起こり、体内で発生させた温度が正常に末端まで伝えられないという事を改善させるという対策法が考えられるのですが、低体温症の場合、本来の熱量自体が不足している事から、対策が難しい事が想像できます。

 低体温による顕著な弊害としては免疫力の低下が考えられます。風邪などに感染した際、発熱が起こりますが、発熱には体温を上げて免疫力を高めるという目的があります。低体温はその逆の状態にあり、免疫力の低下に繋がってしまう事から万病の元ともされます。

 低体温症が増えている原因として、冷暖房の発達による室温の一定化が進みすぎ、自律神経の鍛錬が行われない事や、栄養の偏り、運動不足による熱源となる筋肉の未発達などが上げられています。

 適度に季節を感じ、冷たい物や温かい物に接して自律神経を活性化し、栄養バランスの取れた食事を行う、適度な運動をして筋肉を鍛えておく。結局、すべての健康の基本が関わってくる事になり、基本に忠実である事が健康を守る一番の近道である事を再認識させられてしまいます。


 



第1616回 冬の対策     2010年12月15日

 今年はまだ流行に関する話はそれほどでもありませんが、やはり寒くなってくるとインフルエンザが気になってしまいます。インフルエンザの予防というと予防接種がすぐに浮かびますが、できればそれ以外の部分、日常生活を通してできる事で予防に努めたいと思います。

 インフルエンザの予防には、まず免疫力を高めてウィルスへの感染を防ぐ事が重要に思えます。食を通して免疫力を高める素材として話題になる多くの物には、「多糖類」が含まれています。

 多糖類は食物繊維の一種であり、その中でも水に溶ける水溶性と呼ばれる食物繊維に属しています。水に溶けた際、ヌルヌルした質感となる事から、粘りやヌル付きのある植物性の食材に多く含まれている事が知られています。

 代表的なところでは「ムチン」や「フコイダン」といった成分が知られ、山芋や納豆、サトイモなどのヌルヌルしたりネバネバした質感を持つ食材、海藻などに多い事から、それらの食材を上手に使う事で冬場の免疫力を高める事が有効なインフルエンザ対策となると考える事ができます。

 多糖類が免疫を強化する働きとしては、腸壁などの粘膜をカバーしてウィルスの侵入を阻止するものや、腸内細菌のエサとなって活性を高めて腸管免疫を活性化させるというものがあります。

 多糖類を多く含むヌルヌルした食材に合わせ、ヨーグルトなどの乳酸菌を積極的に摂りこむ食生活で、不快なインフルエンザを遠ざけ、元気に冬を乗り切りたいものです。


 



第1615回 携帯食料の名前     2010年12月14日

 歴史好きの方でなくても織田信長といわれると、幾つもの革新的な事を行った時代の変革者という位置付けを持たれるのではないでしょうか。戦国乱世を征するにあたり行った、数々の斬新な発想や行動は、それまでの日本人とは大きく異なるものとして語られています。

 そんな信長が行った革新の一つに「弁当」があります。弁当と言うと、屋外など日常用いている食事場所で食べられるようにした携帯できる食べ物のうち、食事に相当する物と定義する事ができますが、日本には古くから「糒、干飯(ほしいい)」という優れた携帯食料がありました。

 糒は蒸した米を乾燥させたもので、米のデンプンがアルファ化されたままの状態で乾燥されている事から、そのまま食べても消化がよく、エネルギーに変わりやすいという優れた特性を持っています。

 日本最古の歴史書である「日本書紀」には、鷹狩りの際に携帯用のエサ袋に食料を入れて持ち歩いた事が書かれ、すでに弁当の概念が定着していた事が伺えます。

 信長が弁当にもたらした革新とは、そんな携帯性を持った食事に対し、「弁当」という名前を与えた事で、自分の城に訪れた多くの人に食事をふるまう際、一人ひとりに配る簡単な食事という意味から「弁当」と名付けています。

 それまで携帯食料を指す言葉は、そのものを指す「糒」や「頓食(とんじき)=おにぎり」などでしたが、正式な名前が与えられ、また、この時期から現在でも見られるような漆塗りの弁当箱が登場し、単純に屋外で食事を行うためのものから花見や茶会などの場でも食べられるものへと進化を遂げています。

 弁当の名前に関する由来については諸説があり、中国の南宋の時代に「好都合」、「便利」といった意味を持つ俗語、「便當」が語源とするものもあり、「便當」が日本に伝えられてから「便道」。「備えて用に当てる」の意味から「辨當」が用いられ、「弁当」になったとも言われます。

 語源については定かではないにしろ、その後の日本では多彩な弁当文化が花開き、今日では日本の弁当は他の国の通髄を許さない高度なものとして知られるようになっています。インターネット上では、日本の弁当の豪華さや絵的な美しさを紹介する外国人によるサイトも見られ、世界に誇れる食文化の一つといえるのではと思ってしまいます。

 豪華絢爛で知られる安土桃山時代に端を発する日本の弁当。そう考えると今日の多彩な弁当文化の発展も納得のいくものがあります。「キャラ弁」、「激安」と新たな展開を見せてはきていますが、日本の食文化として大切にしたいと思っています。


 



第1614回 鉄が好物     2010年12月13日

 バクテリアというと、とても小さな生き物で、環境を保全していく上で重要な役割を持っているという認識でした。その事を強烈に印象付けてくれたのが熱帯魚の飼育で、バクテリアの良好な働き抜きには良い水質を保つ事の難しさを教えてくれました。

 そんなバクテリアの働きについて、衝撃的だったのはフランスのとある港の出来事で、バクテリアによって船の燃料の燃焼成分が分解され、船が動けなくなるという事件が起こってからの事です。

 単純にバクテリアは有機物を分解しているだけでなく、思いも寄らぬ働きによって自然界の維持を行っているのかもしれないと思うようになり、バクテリアの働きについては想像を絶する多様なものがあるのかもしれないと思うようになりました。

 最近、歴史の証言者ともいえる遺物に思わぬバクテリアの働きが及んできている事が判ってきていました。新たに発見されたバクテリアは、金属を食べて破壊する性質があり、海中に没したタイタニック号の船体を崩壊の危機に陥らせているといいます。

 鉄は地中に酸化鉄という形で存在します。それを地中から取り出して酸素を除き、鉄として利用しています。しかし、時間の経過と共に鉄は地中にいる状態に戻ろうとして、空気中の水分などの力を借り、酸素と結合して酸化鉄=錆となってゆっくりと朽ちていきます。それがバクテリアの働きによって、錆とは違った予想もできない速さで鉄の分解が進む事が判り、タイタニック号の船体にそれが起こっているという研究結果が報じられていました。

 海底のタイタニック号から垂れ下がったつらら状の錆を採取した際、その錆の中から発見された新種のバクテリアは、その採取現場から「ハロモナス・タイタニカ」と名付けられ、急速に金属を破壊する事から、1995年当時、余命30年前後と予想されたタイタニック号の船体は、それをはるかにしのぐ速さで破壊が進んでいると見られています。

 タイタニック号の沈没は歴史的な悲劇であり、また多くの謎を残しています。海底の船体はそうした歴史的事実の証言者でもあり、残された謎を解く鍵となる可能性もあり、このまま朽ちていくのは惜しい気もします・海底に没した船体が魚礁として自然環境の育成に役立つ事は広く知られていますが、バクテリアの力によって分解されていくというのは、自然の摂理といえば納得するものを感じてしまいます。


 



第1613回 コッペとクーペ     2010年12月10日

 田舎に暮していると車は必需品となります。特に我が家は集落から離れた場所にある事もあり、お隣へ行くにも車が必要と感じてしまいます。

 実際に使ってみると5ドアのハッチバックが便利で、今では欠かせないと思っているのですが、車に乗りはじめる前は、車に乗るのならスポーティタイプのクーペと思っていました。

 車の形式であるクーペは、コッペパンの語源となったフランス語のクーペと同じ響きなので、コッペパンに似た形状からそう呼ばれるようになったと思っていたのですが、実はそうでもないという事を後に知りました。

 フランス語のクーペは「切る」、「切った」という意味があり、小型のフランスパンともいえるプレーンで皮も硬いパンだけに切り目を入れてジャムやバターを塗り込んで食べるというスタイルや、表面に切り目を入れて焼き上げられる事からその名となったとされています。

 日本におけるクーペ=コッペパンは、本国フランスと比べると少々変わっていて、皮も生地も柔らかく焼き上げられています。小型のフランスパンというより、形を変えた食パンのようでもあります。

 日本のコッペパンの原形は1865年まで遡るとされ、当時の幕府がフランスの造船技師を招いた際に作り方が伝えられたといわれます。初めてその形状を見た日本人は、身近な食材に似ていた事から「鰹節パン」と呼んだとも伝えられています。

 その後、幕府の対抗勢力の薩長にイギリスのさまざまな文化が伝えられ、現在の食パン、型で焼き上げるイギリスパンが主食となりえる主流のパンとしての位置付けを得ています。

 第二次大戦後、米国からの食料支援として小麦粉の供給が行われた際、本来のコッペパンの形状である小型のフランスパンの形に焼かれたイギリスパンが給食で採用され、それが日本独自のコッペパン誕生に繋がっています。

 それに対し、車のクーペは「叩く」という言葉が語源となっているとされ、屋根を叩いて低く仕上げ、動力性能を高める工夫がされたという意味があり、馬車の形式にも同じ名称が使われていました。

 動力性能を優先し、居住性や荷物の積載は二の次という思い切りの良さがクーペの美しさの原点なのかもしれませんが、走るコッペパンと思っていたパン好き身には少々残念に思いつつ、やはり車は使い勝手とクーペは憧れのままとなっています。


 



第1612回 和に入る?     2010年12月09日

 和食といと日本独自の調理法を用いた日本固有の食文化に属する料理といえ、世界的には寿司をはじめ、煮物や鍋物など、多くの料理がヘルシーな和食として認知されています。

 和食の対義語としては「洋食」が思い浮かびますが、日本においての洋食は海外から伝えられた料理が日本に根付き、独自の発展を遂げたものという意味合いが感じられます。

 そのため、フランス料理やイタリア料理、中華料理といったように、厳密にその料理の発祥の地名を挙げて区別して洋食との違いを明確化しています。

 そうした中、厳密には日本固有の食文化に属し、歴史的にも古くから日本に根ざしているのに和食とは呼ばれない身近な料理も意外なほども多く存在しています。

 その一つとして「お好み焼き」を挙げる事ができ、お好み焼きという身近な存在に意外な感じがしてしまいます。お好み焼きの原形は安土桃山時代にまで遡るとされますが、実はそれ以前にも存在していた事が考えられ、平安時代にもお好み焼きの祖先と考える事ができる物が食べられていた事が考えられます。

 小麦が西アジアからシルクロードを伝って中国へ伝えられ、日本へと伝えられたのは奈良時代とされます。小麦粉という食べ方も同時期に伝えられたと考えられ、鎌倉時代には水で小麦粉を溶いて生地にした「券餅焼き(けんぴまき)」が仏への御供えとされていた事が確認でき、お好み焼きの原形と考える事ができます。

 安土桃山時代には、千利休によって「麩の焼き」なる物が創作され、茶会の席で供されています。この茶懐石のお菓子をお好み焼きの原形とする意見も多く存在します。

 麩の焼きは、熱くした鍋に小麦粉を水で溶いた生地を薄く流して焼いた物に、味噌を塗って砂糖とケシの実をふりかけて巻いたもので、鍋という鉄板を用いた調理法もこの時期にはすでに確立されていた事が伺えます。

 世界的に見ても鉄板焼きは日本の食文化と見られ、歴史の古さを考えるとお好み焼きは和食に入れられる資格を充分に持っているように思えます。

 しかし、お好み焼きの味付けに欠かせないソースという舶来品の存在や、お好み焼きをはじめとする「粉物」文化が普及するきっかけが第二次大戦後の米国からの食糧支援であり、お好み焼きが一般化するのもそれ以降となっている事が、お好み焼きの和食入りを阻んでいるといえます。

 高級な料亭へ行き、懐石料理の一環としてお好み焼きが出てきた場面を想像すると、お好み焼きが和食入りを果たす事には少々の違和感を感じてしまいます。お好み焼きに気の毒ではありますが、歴史が古い事だけ理解してあげておこうと思ってしまいます。


 



 

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